東日本大震災では、東北・三陸の「カキ」も津波によって壊滅的な被害を受けました。その窮地を救ったのは、遠く海を隔てたフランスとの固い絆でした。
南西部マレンヌ・オレロン地区。ヨーロッパ一のカキの生産量を誇るフランスの中でも年間6万トンと、最多を誇る産地です。実は、この街の人々らが中心となって、津波被害に遭った三陸のカキ養殖をピンチから救ったのです。当時、いち早く支援に動いたのが、ヨーロッパ最大規模の漁業機械メーカーの代表です。
「三陸の沿岸が津波で破壊されて、カキ養殖全てが危機にさらされていました」(漁業機械メーカー パトリス・ミュロー社長)
三陸の産地は津波によりカキを育てるいかだやロープが流され、養殖業の復旧が全く見通せませんでした。窮状を知ったミュローさんらは6トン分の道具を空輸し、2011年7月には宮城県石巻や気仙沼に入り、技術指導にあたったほか、他のフランスの産地にも呼びかけ、日本円でおよそ2600万円の支援金を送りました。
「1万キロ離れていても、海で働く者にとっては感じることは同じです。人々の苦悩も同じで、できることがあればすぐにやります」(漁業機械メーカー パトリス・ミュロー社長)
なぜフランスのカキ養殖業の人々が、三陸の支援に乗り出したのか。そこには、深いつながりがありました。
「こちらは本当に小さなカキの稚貝なんですが、もともとは日本からきたものなんです」(記者)
1960年代後半、フランスの産地は原因不明の病気により、カキがほぼ全滅してしまう危機に見舞われました。その際、病気にかからないカキとして白羽の矢がたったのが、三陸産のカキでした。大量の稚貝の供給を受けることで、フランスの養殖業が救われたのです。
1870年代から5代にわたりカキ養殖業を続けるジェイさんは、初めて三陸からのカキが育った日のことを鮮明に覚えています。
「私と父が死んでしまったカキを整理していた隣で、日本のカキは花のように美しく育っていたのです」(カキ養殖業 パトリス・ジェイさん)
その結果、いまフランスで生産されるカキのおよそ9割が三陸産をルーツに持つとされています。10年前の震災での支援は、いわばその「お返し」で、いまでもカキが病気になった時などに助け合っているのだといいます。
「フランスは伝染病で、三陸は津波でしたが、両方は同じ状況に陥り、互いの助けを必要としていました。大切なことは協力関係を続け、将来のために維持することです。そうすれば、ともに困難を克服できます」(カキ養殖業 パトリス・ジェイさん)
東北とフランス、遠く離れていても、カキが結んだ絆はずっと続いているのです。(2021年3月15日14:33)
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14 мар 2021