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【徹底討論】プログラミング言語は言語なの?【ゆるコンピュータ科学ラジオ4】#66 

ゆる言語学ラジオ
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30 сен 2024

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Комментарии : 846   
@yurugengo
@yurugengo 2 года назад
【別チャンネル:ゆるコンピュータ科学ラジオ】 ru-vid.com/video/%D0%B2%D0%B8%D0%B4%D0%B5%D0%BE-UZ2P2dDqZmY.html ※今回のシリーズが好評だったので、別チャンネル化しました!こちらもよろしくお願いします! 【今回特に言及されたもののリンク】 ○『誰が音楽をタダにした?』 amzn.to/3DYlYLn 鬼おもろ技術史×犯罪ドキュメンタリー×音楽史本です。鬼おもろい。 ○『人体600万年史』 amzn.to/3vrLiq2 ○『新・自然科学としての言語学』 amzn.to/3AXdB0u 【参考文献のリンク】 ○『コンピュータ、どうやってつくったんですか?』 amzn.to/3arkigH 「コンピュータを妖精にたとえる」など、超分かりやすい工夫がいっぱい。誰でも楽しく読めるので、入門用にオススメ。 ○『コンピュータはなぜ動くのか』 amzn.to/3oSRAxF 古い本だけど、古くならない本質が分かる。プログラミングやったことある人にオススメ。ちょい難しいが、初学者でもギリ読める難易度。 ○『ディジタル回路設計とコンピュータアーキテクチャ』 amzn.to/2YFcOnk 大学の教科書。堀元も半分くらいしか理解してない。Verilogの講義はギリギリで単位を取った。 ○『苦しんで覚えるC言語』 amzn.to/3mMCI0S 「興味が湧いたからプログラミングしながらコンピュータの仕組みを理解したい」という方はこちらをどうぞ。コンピュータを理解したいならやる言語はC言語一択です。この本は比較的苦しくないです。
@ホシカジ
@ホシカジ 2 года назад
「苦しんで覚えるC言語」が「比較的苦しくない」 つまり、そういうこと。
@nbtk193
@nbtk193 2 года назад
うんちくのタネ本としてコメントしてましたが、誰タダが取り上げられて嬉しいです。
@tktk5656
@tktk5656 2 года назад
サーバーに対する(非エンジニアの)水野さんの認識が「落ちるやつ」って聞いた時に、いちエンジニアの端くれとしてすごく申し訳ない気分になったw
@ななな-y6o
@ななな-y6o 2 года назад
ゆる言語学ラジオではあんなに知的な水野さんが、ゆるコンピューター科学ラジオでは「サーバー、なんか…凄そう」とバカの回答をするのがグッとくる。
@yukinowithers
@yukinowithers Год назад
>落ちるヤツ<
@dokuo833
@dokuo833 2 года назад
エラーが出たときは「怒られた‥‥」とつぶやくし、 エラーの原因が分かったらコンパイラに「ごめん俺が悪かった!」と謝るし、 出力が意図した通りなら「いい子だ!」と口に出して褒めるので、私はコンパイラと会話をしている。
@佐藤淳-n3g
@佐藤淳-n3g 2 года назад
ああ、同じw
@keitakahashi6007
@keitakahashi6007 2 года назад
そこじゃねぇよ笑 一方通行やろww
@kamodomon0913
@kamodomon0913 2 года назад
鍛冶職人が「鉄と会話している」というのと同じですね。 こういうと高度な表現に聞こえますが、雷が鳴って空が起こっているだの、雨を見て空が泣いているというのと変わりないんですよね。
@yuo9
@yuo9 2 года назад
@@kamodomon0913 鍛冶職人は納得ですが、雷と雨は違うかと。 職人は働きかけ、反応に対してまた応える。 自然現象はこちらからの働きかけは無いし、状況を詩的に表現したのみかと。
@kamodomon0913
@kamodomon0913 2 года назад
@@yuo9 確かに。 意識の無い情報に意識を感じているという意味で書きましたが、反応するという部分までは例えられていないので不十分ですね。 プログラムしていても会話という気持ちは全くなくエラーが出ると「あー、自分が不勉強だなー」とか「いや、その仕様はおかしいだろ」とか自分やそのプログラムを作った人に対して思ってます。 でも、「親を殺す前に子を殺さないといけない」などと、擬人化表現は使っちゃいますねw
@liccappa
@liccappa 2 года назад
結婚して四半世紀。コンピュータに疎い私は、プログラマーの主人に何を訊ねることも憚られましたが、この度、勇気を出して、どんなプログラム言語使ってるの?とか、聞いてみました。 彼は嬉々として話始めました。 いや、もういい。自販機のボタン、ちょっと押してみただけだったのに。
@yurugengo
@yurugengo 2 года назад
お疲れさまでした。同じ立場として、心中お察しします。(水野)
@Kei-IWA_Siliconated
@Kei-IWA_Siliconated Год назад
嬉しすぎてブレーキ壊れたんだな…
@nanikanokaseki
@nanikanokaseki 2 года назад
あらゆる回に登場する「チョムスキー」の 伏線が撒かれたラスボス・隠しボス感が凄い
@yaha600
@yaha600 2 года назад
現代言語学の潮流の大部分がChomsky(生成文法)の影響を受けているので、、、。
@riob.8071
@riob.8071 2 года назад
物理学を語っていてアインシュタインが出てくるようなものですね
@pta8
@pta8 2 года назад
@@riob.8071 色んな分野でしれっと登場するニュートンニキの強キャラ感がたまらない
@pta8
@pta8 2 года назад
@@onion9089 「な、なんだってー!?」
@yuniruyuni
@yuniruyuni 2 года назад
計算機能力階層とチョムスキー階層が対応してたりもするので情報科学との接点という意味でもすごい重要ですもんねえ……。
@kaJapan1
@kaJapan1 2 года назад
堀元さん説明上手いけど、改めて水野さんの「専門外の人に専門的な話を面白く伝える」能力が高すぎると思った。
@HitYoutube
@HitYoutube 2 года назад
水野さんは天才だよね。相手の反応を見て概念や説明の切り替えをするのが上手すぎて感動する。
@コイケヤ-s7n
@コイケヤ-s7n 2 года назад
表面的な言葉での定義だけでなく本質的な概念をきちんと理解していて、なおかつ語彙が豊富にあるからこそ臨機応変に説明を適切に行えるのかもしれませんね
@HAPPYNON0117
@HAPPYNON0117 2 года назад
その能力私も欲しい〜
@眠れない夜に農具毎日投稿
例えが言語という日頃から視聴者がとてつもなく慣れ親しんだものだからわかりやすいってのはあると思う。野球なんかはくっそ有名だから頻繁に例えとして使われるけど俺はルール知らんから何がなにやらになるし。
@penguin6241
@penguin6241 22 дня назад
​@@HAPPYNON0117能力っていう考えだと一生できなさそう。これって結局言葉を使った遊びだからね。
@J_CHICKEN137
@J_CHICKEN137 2 года назад
まず前提知識を確認するためじっくり話し合い、用語の定義を明確にし、ときに適切な引用や類推で意見を端的にまとめ、わからないところは曖昧にせず素直に質問する。そこから興味深い新たな疑問が生まれる… 相手を論破することだけが目的じゃなくて、本来良い議論ってこういうものなんですよね。なんだかすっかり忘れてた
@jpharry88
@jpharry88 2 года назад
水野さんの例え話を生成する早さが凄いなあといつも感心します。双方から指摘の応酬が起きている時、受け身の私はアハ体験の連続が気持ちよくて見続けられます。
@arminAnnie_j
@arminAnnie_j 2 года назад
このチャンネルの面白さである理系と文系の融合みたいなものが他のコンテンツにもどんどん広まって欲しい。 理系の大学生としては、たまに文系の話されるとリラックスできて頭の中のバランスが取れた感覚になります。
@awizcd6472
@awizcd6472 2 года назад
理系や文系というのは明治政府の富国強兵策によって作られた日本独自の便宜的な分離。学問に理系も文系もない。
@aquacrown9654
@aquacrown9654 Год назад
@@awizcd6472 本当は自然科学、社会科学、人文科学みたいに分けた方がいいんですよね 理系・文系の分け方のせいで人文科学系学部がやっていることは科学とは違うみたいに思われて、諸外国に比べて学問としての整備が遅れている現状がある気がします そのせいで藤村新一のような例において、属人的で再現性のない研究成果が学会でも認められてしまうという異常事態が起こったと思っています
@くらげまん
@くらげまん 2 года назад
爽やかに一瞬で論破されたっていうのかっこいい
@山下卓也-v1y
@山下卓也-v1y 2 года назад
信頼し合ってる感じが素晴らしいですね
@meia842
@meia842 2 года назад
コンピュータは「ある」で、サーバは「いる」というのはデーモンやプロセスを生き物のように考えるからですかね? 私も感覚が似ているので共感できます。 特に自分が作成したプログラムのプロセスなどになってくると我が子のような感覚になるのかも。
@smithadam2152
@smithadam2152 2 года назад
アメリカに駐在しているので、この放送は金曜日の夕方です。 1時間に渡る濃いディスカッションを聴きながら飲む酒は最高です🍺 ありがとうございます。TGIF
@yutahnakamura7137
@yutahnakamura7137 2 года назад
サーバーとは一体何なのか、、、 その謎を解明すべく我々はアマゾンの奥地へと向かった、、、
@ryoyatamaki7439
@ryoyatamaki7439 2 года назад
Amazon のサーバーは巨大だろうな
@早川眠人
@早川眠人 2 года назад
アマゾンの奥地へ進んだつもりが、雲の中に出てしまった。何を言っているのか分からねーと思うが、おれも何が起きたのかサッパリわからなかった…
@どどんぱ-g5c
@どどんぱ-g5c 2 года назад
@@早川眠人 cloudじゃないですか!
@aetos382
@aetos382 2 года назад
プログラミング言語には確かに管理者がいるけど、管理者の方針がどうしても気に入らなければ、派生して自分版を作ってしまうこともできますね。オープンソースなら尚更。それが流行るかどうかは別問題ですけども。
@ららみー-m8p
@ららみー-m8p 2 года назад
方言・スラングはforkなのかもしれない?
@narikinboy
@narikinboy 2 года назад
ドリフトですね。
@農園ヤマゴ
@農園ヤマゴ 2 года назад
64bitの命令が短いのは、「AしながらBしつつCを考えてDしろ」みたいな複数同時処理ができないということでは? 人間が無意識にしている複数動作(例えば下を噛まないように咀嚼するとか)はできない。代替として、動作命令を細かくして人間からは同時にしか見えない速度でこなしている、みたいな感じかな? コンピュータも言語も素人だけど例えあってる?
@木村真季-g4o
@木村真季-g4o 2 года назад
あんまり本質とは関係のない話で、 申し訳ないのですが、 CPUの8086が発売されたとき、 つまり、8bitから16bitになったとき、 足し算しかできなかったCPUで、 掛け算ができることになり衝撃を受けました。 まさに、進級おめでとうですね。
@木村真季-g4o
@木村真季-g4o 2 года назад
女性がマニアックなコメントを入力したみたいになっていますが、 このコメントを入力したのは、私の父であり、 決して女性のコメントではないことを連絡させていただきます。 ちなみに、私にはなにを言ってるのかさっぱりわかりません。
@早川眠人
@早川眠人 2 года назад
6309 CPUには16bit掛け算・割り算命令が有ります。流石究極の8bit CPUだ。
@烏龍うーろん-g5m
@烏龍うーろん-g5m 2 года назад
i8087(数値演算コプロセッサ)を追加すると、浮動小数点計算ができるようになり性能改善に(頭がよく)なった。
@cypher7707
@cypher7707 2 года назад
@ふきめふ やっぱり人参最高を見れて感動した
@caco5055
@caco5055 2 года назад
人間がSiriに話しかける時は文脈を廃して正確に伝わるように言葉を選ぶけど、これは自然言語の枠から外れてしまうのだろうか
@カンノ-r6t
@カンノ-r6t 2 года назад
サーバーやプロセスを「いる」と言ったり「生きてる」と思うかは人それぞれだけど、 動かなくなったら「死んでる」と言うのは全エンジニア共通の気がします。
@HitYoutube
@HitYoutube 2 года назад
ハングしたことを「死んだ」表現は良くしますよね。「Excel死んだ」とかソフトウェアに対しても使っちゃいます。
@ooYAkanata
@ooYAkanata 2 года назад
掃除機は「ある」 ルンバは「いる寄りのある」 ペッパーくんは「いる」 なので自分の手から離れたところで好き勝手動いてる子に生を感じるのだと思う
@user-hs6oz7dn2g
@user-hs6oz7dn2g 2 года назад
「量が格段に変化すれば、質が変化したように感じる」という堀本さんの名言のように、やはりコンピューター言語が自然言語、或いはAIが人間だと人間が感じるまでになるには、莫大な量のインプットを必要とすると思いました。 いつの間にか数学と言語の境目がなくなり、日常的な会話に組み込まれる日が来るのではないでしょうか?ww
@もりぞう
@もりぞう 2 года назад
形式言語は間違えることができないから、誤解や誤読や誤配が可能な自然言語に到達するには、コンピュータが生命体になる必要があるのではないかと思います。
@user-hs6oz7dn2g
@user-hs6oz7dn2g 2 года назад
@@もりぞう 無生命が生命になるまでの情報量の差は、単純に考えれば、人間の脳のシナプスの同時発電数と比例すると思われます。 苫米地博士と言う人が言うに、小さな発電所レベルだそうですが、60兆のシナプスを半導体で真似をするとなると更に莫大な量が必要と考えられ、いわゆる現在考えられているような電気ではなく、プラズマ的なやつに質の変化が求められるかもしれません。
@カエルアンコウ-z9n
@カエルアンコウ-z9n 2 года назад
15:00 近くで喋ってた内容について、犬とのコミュニケーションが自然言語か形式言語か言語ではない、という議論があったが、生後間もない赤ちゃんに対する発話が3つの分け方のどれに分類されるのか気になりましたね。 仮に言語ではないという結論になったら、赤ん坊がどれくらい大きくなったらコミュニケーションが自然言語とみなされるのか気になりましたね。
@アオイの葉
@アオイの葉 2 года назад
話者と聴く側との知識や思考レベルに大きく差がある場合、の定義すれば犬猫にも適応可能か。なるほど。
@yuri-ei2wf
@yuri-ei2wf 2 года назад
非言語コミュニケーションと言語コミュニケーションの違いなのかなって思いました。 言葉がわからない人同士でも表情や口調によってその人が怒ってるのか悲しんでるのかたぶん理解できますよね。 犬とのコミュニケーションや赤ちゃんとのコミュニケーションは非言語コミュニケーション、共通の文法構造を発音体系を共有して、言葉によるコミュニケーションが言語コミュニケーションだなって思いました。 日常会話は言語コミュニケーションと、非言語コミュニケーションを併用してますね
@wasa4048
@wasa4048 2 года назад
24:00ごろの堀本さんの話は、興味深かった。私たちが"有生性"を感じるのは、自分にとって'uncontrollable'なモノに対して思うのかもしれないと、思わされた。 逆に、支配可能なモノばかりが周りに溢れているときに相手を生きているとは感じない。この点、とても共感します。
@spacekey
@spacekey 2 года назад
サーバーが「おちるやつ」は笑うw
@utohigo9695
@utohigo9695 2 года назад
自然言語と形式言語の話から、次は人工言語の話を聞きたいです。エスペラント語ですね。 しかし実態は世界中の人がエスペラント語を覚えようとはならず、英語がその地位に一番近いところにいる状態です。 では、なぜ世界共通語のニーズがある中、誰にでも比較的容易に習得できるような言語が開発されても普及しないのか…? 自然言語が持つ何らかの強みを手放すことの不便さのせいか? これを追求していくと、母国語をしっかり勉強することの大切さなどがはっきりしてきそうな気がするんですよね。
@しちろう-u2y
@しちろう-u2y 2 года назад
C言語における曖昧さは「未規定の動作」(unspecified behavior)として定義されてますね 例えば関数の引数の評価順は決まっていないので副作用があると演算結果が変わります これは「処理系依存の動作」より曖昧で同じ処理系・同じ翻訳単位内でも変わる事があると定義されてます
@sugar_day
@sugar_day 2 года назад
今回、過去一面白かったかもしれない お二人の知見がクロスオーバーして、会話の中で(現時点の)結論が生まれていく過程がめっちゃ好きです
@わわわ-z1f
@わわわ-z1f 2 года назад
自然言語に似るとかフィボナッチ数列とかの話って 水が100度で沸騰して0度で凍るのスゲーみたいなこと言ってるようなことですよね
@glu-ten
@glu-ten 2 года назад
型の指定をしない言語は、命令文やインプットされたデータの特徴を見て型を推論していますが、これは文脈を読んでいそう
@tom36260
@tom36260 2 года назад
型推論のときに事前に分かっている型のことにcontextという専門用語使いますね
@amesiki
@amesiki 2 года назад
個人的に、言語は音楽データ形式の「midiファイル」に似ているように思っています。 例えば「赤」と言った時に、正確には個人個人で異なる「赤」というイメージを再生させる指示データとして「赤」という言葉があるのかな、と。話し手と聞き手が全然違う「赤」のイメージを持っていると、同じ言葉でも再生されるイメージは大きく異なる。 midiファイルもそれ自体は音声データを持っておらず、「こういう音をこの長さで再生せよ」という指示データ。実際に再生されるのは、そのパソコンに保存されている音声データなので、パソコンによって違う。 「文脈による曖昧さ」も、それぞれの個人に保存されている「押すなよ」の意味が違うと、違う意味に捉えられるという解釈なのかなと。 例えば、押すなよ、と言いながら押されるバラエティを見ると、個人に保存している「押すなよ」の意味が更新される。
@tecstrida2011
@tecstrida2011 2 года назад
最後まで聞きましたがやはり、1984年のニュースピークを水野さんに分析してもらいたいという気持ちが強くなりました。 うまく言い表せないですが、定義や意味が明確という意味ではプログラミング言語と似ていて且つ自然言語である英語を元にしているので。
@Ninjinger
@Ninjinger 2 года назад
生成文法で言うとプログラミング言語のパーサー(構文解析器)でも利用されてますよね。コンピュータサイエンスの発展にもチョムスキーは欠かせない人物だったというのは面白いですね。
@tom36260
@tom36260 2 года назад
形式言語を機械的に扱うのに、生成文法の体系が相性いいんでしょうね
@tda410
@tda410 2 года назад
プログラム言語の要素は「選択」「繰り返し」「サブルーチンコール」しかない。 サーバは「生きてる」「死んでる」と表現する。 →実際killしたり、Zombiになったりする。 プログラムやコンピュータを作ってるのも人間で、対話的なやり取りをするように プログラムしているから生物的な感覚になってると思う。
@mintsasha
@mintsasha 2 года назад
それを言うなら Dijkstra の3つの制御構造 concatenation, selection & repetition ね でも再帰を許せば ”“To iterate is human, to recurse, divine” なんだよなぁ
@user-db8lt9rs9q
@user-db8lt9rs9q 2 года назад
32:10 涼宮ハルヒの憂鬱で長門の使うコンピュータ言語が自分の知ってる言語と似てて違和感を覚えたことを思い出した。 同じような自然言語を使う人間が考えた言語だから類似性を感じるのであって、 例えば宇宙人やそれこそ情報統合思念体みたいな集団が独自にプログラミング言語を作ったらどうなるのか気になる。
@ozzy1790
@ozzy1790 2 года назад
『とある魔術の禁書目録』の妹達が持つ「ミサカネットワーク」がまさに情報統合思念体ですね。
@tune9656
@tune9656 2 года назад
プログラミング言語は言語なのか?ではなくプログラミング言語は自然言語なのか?という議論になっていますね。私はプログラミング言語は言語ではあるが,自然言語ではない,と思っていて,これが多数派ではないか?と思っています。実際,Wikipedia でも自然言語の対義語として人工言語,形式言語が挙げられており,その例はプログラミング言語と書いてあります。この動画は自明な命題について議論している感じがしてモヤモヤしました。論ずるとすれば,「形式言語を含む,自然言語以外の言語っぽいと感じられるものを言語と呼んでいいのか?」という部分な気がします。
@六一-u7g
@六一-u7g 2 года назад
完全に同意
@arcsin1203
@arcsin1203 Год назад
そういえばエラーが帰ってきた時「怒られた」と言いますね。
@jukusato
@jukusato 2 года назад
「プログラミング言語は人間の自然言語を模して作った形式であるからこそ、自然言語に似ているのは当然」という点についてですが、「自然言語を模して作った」とは?どこを模した?ifとかdefineとかの英単語や括弧を使ったりして見た目が自然言語に似ているということ?数学記号を使うと数学を模したことになる?「自然言語に似ている」?どこが似ている?論理構造があるということ?プログラムに論理構造が必要だからであり、自然言語を真似たわけではないのでは?等の疑問が湧きました。   私の意見を述べると、プログラミング言語は「言語」ではありません。文字の羅列で、見た目が言語そっくりなだけです。「操作コード」と呼ぶのが正しいです。処理システムが様々な概念を取り入れて体系化、高度化して「操作」の域を超えていますが、プログラムの本質は、機能を実現する機械であり、操作コードは部品であり、歯車とかバネに相当するものです。 要するに、どんなに高度になっても、言語の本質である「表現」ができません。   他人に伝えたいから表現しますが、そこでコミュニケーションと結びついても、コミュニケーションが言語の本質なのか? 「表現」と「合図」の違いが大切ですね。   「ただの数式」というよりも、数学、数式こそ「言語」です。言葉では表現できない「抽象」を表現するための言語です。
@bore6696
@bore6696 2 года назад
お二人が大学での履修内容から見ても 在野の研究者寄りの素人 くらいの立ち位置なのがすごく好きです。 生物系(進化学?)の話をはさむなら一度は専門でそっち系を学ばれた方がいないと難しいような気がします
@アイオライト-u1x
@アイオライト-u1x 2 года назад
暗渠が合流しまくったり源流を遡ろうとしたりするのが益々楽しくなってきました 「暗渠が合流する」を表すパロール欲しい
@kosetei1
@kosetei1 2 года назад
自然言語は人と話すための言葉 コンピューター言語はコンピューターに言うための言葉 数学は自然を聞くための言葉
@oaky1362
@oaky1362 2 года назад
曖昧さに着目したプログラミング言語と自然言語の区別は、ゆるコンピュータ言語ラジオを第1回で語られた「量的な差異が質的な差異を生む」の一例のような気がしますね! プログラミング言語にも一定の曖昧さ(初期値不安定性)はありますが、その気になれば人間が制御できる範囲の量でしかなく、制御できた時点でもはや曖昧なものではなくなるはずです 一方、自然言語の曖昧さは、五感全てが入力になり得る無限個の変数の参照が必要なもので、人間がその全てを理解して制御することができない量だから曖昧さを解消しきれない、のかなと思いました!
@entropical1725
@entropical1725 2 года назад
いろんな学問に派生していくのがたまらなく面白いです!! ゆるコンピュータ科学ラジオもシリーズ化してほしい〜!
@hoshitsumi
@hoshitsumi 2 года назад
人が犬に「おすわり」「まて」などの指示をすると従う時や、盲導犬が仕事を行っているときに人に伝達する時など、犬と人のコミュニケーションは、誰が同じ指示をしても伝わることが保証されているものもありますよね
@rm014008
@rm014008 2 года назад
何でサーバの例が丸亀製麺なんだろと考えていたら、丸亀製麺に入ってしまって、丸亀製麺でかけ並すすっている。
@tork1a11e
@tork1a11e 2 года назад
たしかに後ろでずっと動いてるプロセスは全部「いる」だなぁ
@tork1a11e
@tork1a11e 2 года назад
なんならプロセスを止めるはkillだもんね笑
@sususu6411
@sususu6411 2 года назад
たしかに、killですね!笑 面白い!
@user-mw2dx9ny2d
@user-mw2dx9ny2d 2 года назад
「(プロセスを)走らせたら止まらなくなっちゃったので結局殺した」とか、 「子供がいるのに親が先に死んだからゾンビになった」とか、 プロセス停止ルールとして、子供を先に殺してから親を殺しましょう、とか、 そういう会話(文章)が成り立つから余計に「いる」と感じるのかも。
@ZooM200805
@ZooM200805 2 года назад
面倒くさいことを言えば、プログラミング言語というのは「人間とコンピュータがコミュニケーションするための言語」では無いんですよね。むしろ人間が人間とコミュニケーションするための言語。コンピュータが理解できるのは電気信号だけであって、プログラミング言語それ自体はまったく理解していません。 プログラミング言語とは、コンピュータにさせる動作を「人間にとって分かりやすく記述した」もの。なぜ分かりやすい記述が必要かというと、プログラムのメンテとかが起こりうるからで、そのメンテを行うプログラマ(未来の自分を含む)に対して「このプログラムはこういう動作をさせているんだよ」と理解させるためです。当然の帰結として、プログラムを介したコミュニケーションには、人間同士の対話のようなほぼ即時のリアクションはありません。むしろ書籍の執筆に似ているでしょう。 ですから、プログラミング言語が言語であるかどうかの比較の際に、音声による対話やリアクションの有無を持ち出すのは適当では無くて、「書籍に記述されている文章は言語と言えるのか?」といった問いのほうが有効なのではないかと思います。 長文・乱文、お目汚し失礼しました。
@Nora.Innu_v-.-v
@Nora.Innu_v-.-v 2 года назад
詩は文法の限界を超えるもので、自然言語には自らを逸脱することができる特徴をもつと思いますが、コンピュータ言語には逸脱が許されないという特徴があると思います。
@エバンス-d8e
@エバンス-d8e 2 года назад
面白い! 詩は文法を逸脱した結果、意味を確実に伝えられるとは限らない、それこそ曖昧さの最たるものな気がします。 プログラミング言語は曖昧だと困るから、文法を逸脱しないという典型例だと思います!!
@pta8
@pta8 2 года назад
意味と意義が一致してるのがコンピュータ言語で,場合によっては意味と意義とが必ずしも一致しない(例:I love you.⇒月がキレイですね)のが自然言語ってかんじですかね.
@zk_phi
@zk_phi 2 года назад
「曖昧さ」よりしっくりきました。たしかに!
@shingoy.5428
@shingoy.5428 2 года назад
それってbitの話じゃないの? 自然言語だって同じものを共有してる大人同士だと逸脱できるけど、 子供に対してとか外部の人間にはできない。 それにあくまでも芸術だし、正確に伝わらないこともあるし。
@zk_phi
@zk_phi 2 года назад
@@shingoy.5428 「文法の」限界とあるので、たとえば「先生、トイレ」のように文法としては正しくない表現も自然言語だと一定許されて、解釈の余地があるという話をしているのかなと思いました。プログラミング言語だと、あらかじめ決まった構文に当てはまらない文字列はそもそも「(その言語の) 文」とはみなされず、解釈もされません。
@katoyasushi3956
@katoyasushi3956 2 года назад
初期値の話は指示語に似てる気がする。「それ取って」「これ?」「ちがうちがう、それ」
@オルカ-w8k
@オルカ-w8k 2 года назад
でも、結局採用されたのは交流電源じゃありませんでしたっけ?
@sim-es
@sim-es 2 года назад
お二人の会話はお互いに正直だからこの面白さが成立するんですね。
@aetos382
@aetos382 2 года назад
犬のワンワンを飼い主は意図を違えずに理解できると前提するのであれば、たまたま遊びに来た友達がワンワンの意味を解さないのは、初対面のフランス人に日本語が通じないようなものなのでは。
@zyanonan1887
@zyanonan1887 2 года назад
人とコンピュータの間ではなく、私はコンピュータに手段を限定して、人へ思想や意思を伝えようとした記号なので、言語だと思えます。コンピュータ言語はコンピュータを操作して、何かを表現したり、自分の代わりに作業する記号だと考えます。コンピュータに人間味を感じるのは、コンピュータの動作にプログラマーが記録した意思や感情、思想を感じ取るためだと思っています。
@okuru3301
@okuru3301 2 года назад
ゆる言語学ラジオはずっと水野さんの素晴らしさだと思ってましたが、改めて堀元さんの素晴らしさを感じたシリーズでした。
@クエイボマローン
@クエイボマローン 2 года назад
アマチュア学者が学問を変える
@ikedy315
@ikedy315 2 года назад
このふたりの会話、抽象概念のてんこ盛りすぎて、超抽象化ラジオだな
@shimuraaaaa
@shimuraaaaa 2 года назад
抽象化を恐れないでください
@ikedy315
@ikedy315 2 года назад
@@shimuraaaaa ぼくも抽象化が大好物なんです♪
@きき-w5d
@きき-w5d 2 года назад
コンピュータが無生物という所で思ったのですが、よくGoogle先生なんて言ったりしますよね。これはもしかするとGoogleに有生性を感じているということなんでしょうかね?
@たたたたーん-o5i
@たたたたーん-o5i 2 года назад
私は事務でVBA使ってるだけですが、パソコンのことをパソ子と呼んで可愛がっています。 「パソ子ちゃん、これやって」っていう気持ちでコード叩いてます。 だからコンピュータ言語は私にとってはパソ子と話すための言語です。 xを10にするっていう指示をパソ子にするとき、 「1+1+1+…=10」と馬鹿正直に打つのか、「xに1を10回足せ」と書くのか、「xに10を入れる」にするのかでパソ子ちゃんの処理速度は全然ちがいます。 パソ子ちゃんが理解しやすくて、はやくお仕事ができる指示をうんうん悩みながら出してます。 だから曖昧ではないけど、色んな表現があって、伝わりやすさがあって、ちゃんと言語だという認識です。
@うまうま-n1i
@うまうま-n1i 2 года назад
議論あるある いつのまにか「存在とは」「意識とは」みたいな哲学っぽい話になっている
@ぬーべー-i5p
@ぬーべー-i5p 2 года назад
もう「ゆるコンピュータ科学ラジオ」ってサブチャン作ればいいんじゃないかな
@山田太郎-e5w2s
@山田太郎-e5w2s 2 года назад
僕も「C言語にも未定義動作があるじゃないか」 と思っていたのですが、よく考えたら「何が定まっていないのか」が形式的に定められているんでしたね。
@tekoku3
@tekoku3 2 года назад
コンピューターの「いる」「ある」の話は最終的に「擬人化萌え」に行き着きそう…
@早川眠人
@早川眠人 2 года назад
そういえば窓辺とおこの妹はいないのだろうか?
@aetos382
@aetos382 2 года назад
register は er で終わるから player みたいな名詞だなと思って regist っていう謎の動詞を作り出してしまうのは登録フォームあるあるネタ。
@恙恙
@恙恙 2 года назад
Weeeeeeeeeeeeeeeighってのし掛かってみる
@yuichiro20121110
@yuichiro20121110 2 года назад
22:22 Apache http serverと言え!(過激派)(若しくはhttpd) なんなら今はnginxの方がシェアが大きい!
@ガマパスタゴ
@ガマパスタゴ 2 года назад
今大学で微生物勉強してます。めっっちゃ面白い内容ですね。いいぞもっとやれ。
@yoshiyoshi8980
@yoshiyoshi8980 2 года назад
「生物の構造が数学的に美しく記述できるのは当然」という話ですが、物理を勉強したものとしては、ちょっと首肯しづらいですかね。自然が数学で記述できることを出発点にしても、そこで現れうる数学的構造は非常に多岐にわたります。構造が非常に見えづらいものから見えやすいものまで。その非常に多岐にわたる構造のなかから、ある現象について、特定の数学的構造が現れたとすると、「すごい、なぜだろう」と感動がうまれると思います。
@moonlightgecko5529
@moonlightgecko5529 2 года назад
プログラム言語が自然言語でないのは、双方向性がないからかなぁと思ったりしました。 コンピュータ側がC言語をアウトプットし、我々になにかを伝えてこないので、自然言語ではないと言えそう。 エラーメッセージはあくまで元々その言語をコードした人物の自然言語による警告であって、コンピュータが我々にバグフィックスを要求している訳ではない感覚です。
@channel-pk3ty
@channel-pk3ty 2 года назад
言語の本質はコミュニケーションツールというよりも思考ツールに近いような気がする。概念に音や文字を当てはめるのが言語の一次的なところで、仮にそれを他者と共有しなくてもそれは言語たりえると思う。
@Feng1shu4
@Feng1shu4 Год назад
「独り言」で思い出したけど、村上春樹のハードボイルドワンダーランドで、歌を知らない女の子がお母さんが歌を歌っているのを「独り言」を言っている(?)って表現がありましたね。 歌と言語の話も面白そうですね。
@Feng1shu4
@Feng1shu4 Год назад
あと、小説『三体』に人間が集団でコンピューティングするのでてきましたね。 マイクラで堀本さんが仰っていたコンピュータを無人島で作るのを仮想世界で実現人もいたような。
@s.s4490
@s.s4490 2 года назад
初期値がコンテキストって話めちゃめちゃ面白いですね。 人間の持つコンテキストが計算可能になってしまえばそのコンピューターは人と人のように会話できるのかな。 コンピューターから見たら人間が魔法を使っているように見えるかもしれませんね。
@すりつり
@すりつり 2 года назад
また違う種類の言語というところで、手話についての言語学的な観点のお話も気になりました。手話も自然言語らしいですが、音を伴わないっていうところで他の言語とも異なる部分もありそうで、面白そう。
@TK-fu1np
@TK-fu1np 2 года назад
自分も「言語は、まず音が先にある」という点で手話は特種かな〜と思いました。 ただ、『音を視覚化したもの』と考えれば言語というより文字と同じだなと今は考えています。
@nayutaito9421
@nayutaito9421 2 года назад
コンピュータの能力は自然言語に例えるとすれば「名詞の種類はほぼ無限だけど、動詞の種類が非常に少ない」だと思います
@yuniruyuni
@yuniruyuni 2 года назад
この動画シリーズ、すごい面白いです! 形式言語の曖昧さについては、2つくらい別の例が思い浮かびました。 1つは「コンフィグファイル」です。 コンフィグファイルはプログラミング言語と同じで形式言語です。 しかしコンフィグファイルはそれを読み込むプログラムによって別の結果を生み出すようなことがあります。 バリデータにとってはコンフィグの内容の不整合が無いかを確認を行うようになります。 本体にとってはそのコンフィグにそった本来の処理を行います。 エディタだったら新たに発声する対象のようなものです。 もう1つは「機械学習型のプログラム」です。 これには2つの曖昧さがあります。 1つ目の曖昧さはでDefine by Runという動作です。同じソースコード内のコードを「学習」と「推論」で2回解釈します。 (機械学習型プログラムのコード記述は、微分量を取り出す操作を行うためのコンフィグみたいなものでもあって、その意味をもとに2回違う動かし方ができるわけです。) もう1つの曖昧さは、そもそも機械学習の確率論的な動作ですが、こちらは深く語るほどではないかもしれません。 いずれにしろ興味深いです!いつも面白い動画ありがとうございます〜。
@samikozono8822
@samikozono8822 2 года назад
C言語でいう所の処理系依存とか、不定、未定義というのが、コードが”あいまいさ”を含む例じゃないかなぁ。例えばこーゆー有名なやつ: int a = 5; int b = a++ * a++; /* b の値がどうなるかはわからない */
@noah.1828
@noah.1828 2 года назад
ソフトウェアの有生性については、「プロセスがし○でる」という表現やkil○コマンドに現れてる気がする
@hidetakata
@hidetakata 2 года назад
あと、いわゆる「処理系依存」のコードというのは、「コンピュータ言語の曖昧さ」と言ってもよいのではないかと思います。コンピュータ言語は、自然言語と異なり、仕様に基づいて作られますから、曖昧さが少ないですが、そもそも、仕様自体に曖昧さがある場合も多いですし、仕様が曖昧な場合は、同じシンタックス(言語表現)にたいして、コンピュータごとに少しづつ違う解釈をすることになります。我々が、処理系依存と呼んでいるのは、そういうものではないかと思うのですが。
@mirai.sekiguchi
@mirai.sekiguchi 2 года назад
私が心理学科に卒業した時、演習で「ドラえもんに心はあるか?」という議論をしたことを思い出しました。ドラえもんは一見すると人間と遜色ないコミュニケーションをしているけれど、果たしてそれは心であるといっていいのか、それは人間の心に模したものに過ぎないのでは?という考えもできると思うわけです。言語とは何か?という問いはすなわち心とは何か?という議論に収束するような気がしています。
@gbuoguygyog
@gbuoguygyog 2 года назад
現段階での「いる」はまだ、思い入れのある道具を擬人化しているに過ぎませんね。AIがゴーストを持つのはまだ先でしょうか。 個人的に言語は「意識」を「表現」して「伝える」ものだと思っています。 例えば映像言語なんて物もありますが、勿論言語に足る物とは思いませんが、意識の表現には達していますね。 お二人には超現実主義や現代音楽にも触れてみて頂きたいです。
@弾正信長の野望とかの実況
「文脈によって意味が変わる」と近いプログラミング言語の例だと、Emacs Lispみたいなdynamic scopeのプログラミング言語とかどうでしょうか。関数実行時の環境に実行結果が依存するので。
@おぎまん-u9d
@おぎまん-u9d 2 года назад
関数レベルで見たらそうでしょうが、DynamicだろうがLexicalだろうが計算機レベルでみたら一意の答えしか返さないので固定的だと思います。外部からの信号を乱数入力としたら少しは動的になるけど、些末すぎて自然言語の「あいまい規模」には到底匹敵しないです。
@SolomonsNightmare
@SolomonsNightmare 2 года назад
@@おぎまん-u9d パッケージやライブラリを使う時などはどうでしょう。 例えばファンクション名のケースとかはどうでしょう? 開発者はユーザーに大体こんな事するよと伝える為に付けます。 ユーザーは多分こんな事するんだろうな~と扱います。 ここら辺のインタラクションは結構あいまいに感じます。
@弾正信長の野望とかの実況
​@@おぎまん-u9d ありがとうございます。プログラム全体で見た場合には外部入力などの副作用を無視すれば結果は一意に定まりますし、自然言語のあいまいさには匹敵しない様にも思います。あいまいさの比較については、自然言語の解釈が受け手の経験や知識、気分などを定めた場合に一意に決まるか、という問いと関係する様に思います。 念の為、プログラム中の関数の意味 (ここでは引数に対する返り値の値割り当ての意。副作用は無視しています)が定義時の環境(変数の値割り当てなど)のみではなく評価時の環境にも依存するという点が、自然言語の意味が書き手・話し手の経験や知識などのみではなく受け手の経験や知識などにも依存する点となんとなく似ている、というのが大意でした。
@aa11aa497
@aa11aa497 2 года назад
堀元さんがコンピューターに有生を感じなくてサーバーには有生を感じるのってどこまで把握してるかの違いじゃない? フライディがロビンソンの銃に跪いたり、我々の先祖が自然現象に人格(神格)を与えてきたように不透明な部分に人格を塗りたくって理解した気になることって古今東西いくらでもあってそれらと同じことじゃないのかな 堀元さんは自身の預かり知らない所で働き続けたサーバーを小人に例えたけどこれはアイルランドのレプラホーン伝説引用として、知らない間に何かが起きていたという現象に小人や妖精という人格を与える行為そのもの ここまではサーバーに有生を感じたのは「把握できないものにこそ人格を付与するから」という説明として、じゃあなんでコンピューターに有生を感じないかというと堀元さんにとってコンピューターは把握できる深度がより深く、人格を与えるまでもなく理解できているから だからこそ予想外のエラーの時にはそこに有生を感じているんじゃないのかな 把握できないものに有生を感じて、把握できるものには有生を感じない
@takasea
@takasea 2 года назад
目の前のコンピューターも、大きな演算をさせている時は「がんばれよ〜」とか思ったりしますね!
@小林彰子-t1r
@小林彰子-t1r 2 года назад
毎回とても楽しく拝聴させて頂いています。 水野さんへ 「かわいい」の推量が「かわいそう」。大変奥深く、適切だと思います。 可愛いという愛する感情のなかに、可哀想の哀しい感情が含まれているからです。 深く愛することは深く哀しむことでもあります。 子どもを持って、この二つの言葉が結び付いていることを実感しました。 熱をだして苦しそうにしているとき、可哀想以外の言葉が見つかりませんでした。
@-nayuta8002
@-nayuta8002 2 года назад
2:23 大学で言語学の授業をとっているのですが、そこで教授が言語はコミュニケーションのためのものではないのではないかとおっしゃっていました。その理由としては ①人間の言語は無限(eg. I think that Mary thinks that John thinks that Harry thinks that…Sophia is smart./彼は優しくなくなくなくなくなく…ない。)を作り出すことができる。実際に無限に文章を言い続けたり書き続けたりすることは不可能であるから、言語がコミュニケーションのためにあるとは言い切れない。 ②文法的に正しくても、複数の意味にとれることがある(eg. 私は妹と母に花をあげた→花をあげたのは「私」か「私と妹」か)。コミュニケーションのために設計されているならば、文法的に正しければ意味の取り違えが起こらないようになっているはずである。 というようなものでした。 (「コミュニケーションのために設計されたものではない」という主張であって、「コミュニケーションに使われていない」と主張しているわけではありません)
@okuru3301
@okuru3301 2 года назад
数の話とか、左右対称の話を聞いて、アフォーダンスとか生態心理学を思い出しました。ぜひいつか触れてもらうと嬉しいな。
@jajathree9506
@jajathree9506 2 года назад
サーバーにMAGI、CASPER、MELCHIOR、BALTHASARとか人の名前と付けるの流行りませんでしたか?
@やるやん-x6v
@やるやん-x6v 2 года назад
47:53 じゃあ64bitだけでなく128, 256, 512 とどんどん大きくすればいいのにしないのはなぜ?
@superhakujin
@superhakujin 2 года назад
基本的に、お金と技術と物理的の場所の問題です。たとえば、「4車線の道路が2車線のより早いのなら、なぜ道路を全部4車線、8車線、16車線にしない?」の答えは?ほぼ同じでしょ:そんなでかい物のお金と技術と場所がない。それに、ちゃんと利用出来る場所もあんまりない。だが、一番はやく回る(?)パソコンの部分は「GPU」(「グラフィクス・カード」などと言う)でもう128ビットや256ビットメモリー・バスを使ってるのが出てます。必要性と値段の問題です。
@bakadikala
@bakadikala 2 года назад
コンピュータは、加減乗除だけしか知らない小学生が大学レベルの問題に毎回挑戦してるようなもので、ただその小学生がバカ計算早いから、その問題を解くまでの時間に加減乗除だけを使って、中学から大学までに習うような手法全部を瞬時に行なって解いてしまうために、その仕組みを知らない人はあたかもその小学生は既に大学レベルの知識まで知っている天才に見えてる、、、みたいな感じ??
@kenjiarai4207
@kenjiarai4207 2 года назад
初期値の件は、ボタンの掛け違いとかアンジャッシュすれ違いコントぐらいのものかと思いました。
@eight5679
@eight5679 2 года назад
数学は人工言語と自然言語の中間であるような気がして面白かった。 数学は統語論的な命題を、人間の中にある具体的な意味の集合である宇宙に対応させる解釈をする必要があって、たとえば1+1=2の記号1を数字の3と解釈するとかも出来てしまうんだけど、数学では「その解釈ですべての数式がちゃんと成り立つならどんな解釈をしてもよい」という立場を取る。するとスコーレムのパラドックスや可能無限と実無限の解釈みたいな、「お前自身の中では正しいけど俺から見たらその解釈はおかしい」ということが起きる。 つまり数学はその人の中で正しければ「誰が聞いても同じ概念を想起させる」という必要はなく数式の解釈に曖昧さが残されていながら、数式自体は厳格な形式言語になっている。
@bd2719
@bd2719 2 года назад
哲学と言語学に関心がないやつはソフト設計するな、と思っているソフトウェアエンジニアですが、いつも楽しく拝見させていただいております。 「プログラム言語と自然言語の間には、 記述された文字列の解釈の、物理的プロセスが明文化可能か否か、という点で明確な差がある。 この観点はプログラム言語は自然言語に含まれるか否か、の基準として適切か否か。」 という2文にまとめられる議論が、今回の議論の一部として、なされていたかとおもいます。 自分の見解では、自然言語の曖昧さの本質は「クオリアの議論がハードプロブレムだと言われている原因」に完全に包含されている可能性があると思えます。 もしそうであれば自然言語そのものの本質に曖昧さは関係ないということになるはずです。 しかし、逆に言えば、我々が自然言語を曖昧だと感じ、そこに本質を感じてしまう理由もまた、本質が解析プロセスの不透明性の中に隠されているからである。という可能性もある。それどころかおそらくその可能性が高いように、自分には思えます。 そう考えると、言語の本質的なあり方を突き詰める研究は、知らず知らずのうちに、クオリアプロブレムに挑まさせられる営み、である、とも言え、現代科学が匙を投げた問題に取り組むという意味で、言語学は哲学の一種と見なせるのでは無いか、と思いました。 ご参考まで。
@HitYoutube
@HitYoutube 2 года назад
プログラミング言語は一方的に命令する言語で、コンピューターが同一のプログラミング言語でコミュニケーションを返してくることは無いから、人類としての言語の要件を満たしてはいないと思えますよね。
@義文-x7q
@義文-x7q 2 года назад
仕事で物理的なサーバーを相手にしてます。私の中で物理的なサーバーは「いる」ですね。 同僚相手に「あれ、このサーバーどこにいるんだっけ?」と聞きますし、障害発生時に持ちこたえてくれた冗長用サーバーに「持ちこたえてくれて本当にありがとう、こっから相方助けてやるぞー」と話しかけますし、EOLを迎えて役目を終えたサーバーを下すときは「お疲れ様」と声をかけたあとみんなで黙礼します。ちなみに堀本さんがおっしゃっているApacheは私の言う物理サーバーの仕事(業務)のうちの一つの認識なので「ある」ですね。
@100EIZO
@100EIZO 2 года назад
自然言語が曖昧なのは、単純に処理能力と認知能力が、外界の情報量に追い付かないからじゃないかね。 一つのPC(HDD容量1TB)の世界の情報量は高々8x10の12乗(10の13乗以下)、変数もおそらくその範囲内。 3GHzだと、1000秒で同じ情報量を処理できる計算だろうか。 一方で人間の周囲には少なくとも分子レベル、原子レベル、下手すれば電子素粒子レベルの話になる。 一方、18mLの水の中には、10の23乗の水分子が様々な状態を取っている。数種の水溶性インクをごくわずかずつ落とすと、分子の位置関係のバリエーションは、上述の数字を越える。 視覚で考えると、視神経の数は150万だから、そもそも入力時点で、一義的定義の前提になりそうな全分子の個別認識ができそうにない。 そして150万の神経細胞が捉えた画素情報として完全に言語で伝えようとすると、1秒で10画素伝えたとして、3か月以上かかる。 そんなことやってたら天敵がいなくても死んでしまうので、一義性を切り捨て必要な範囲としているんでしょう。
@tomockinh
@tomockinh 2 года назад
コンピューター言語は0と1の記述をアッセンブルして作られていますが、 仮に、基礎構造を知らない「解読者」が実際に記述されている プログラムをほぐしてほぐして0と1の記述までに解読したならば、 「あぁ、なるほど、一番プリミティブな処理がこういう構造ならば 当然あそこのあの場面はこういう記述になるし、こういう文法なのも当然だわ」 と思うことでしょう。 同じく、自然言語についても、シナプスでの入力出力が完全に解明されたとき、 「あぁ、なるほど、こういう配線の脳細胞からはこういう言語ができるよね」 と思う日が来るのかもしれませんね。
@yuri-ei2wf
@yuri-ei2wf 2 года назад
ゆるコンピュータ科学ラジオお疲れ様でした! 植物を育てる仕事をしてるものです。 プログラミングはコミュニケーションかと聞かれて、堀本さんはあるとおっしゃってましたが、植物が具合悪い時にいろいろ試して上手く行ったり、うまくいかなかったりします。 堀本さんのいうプログラミングエラーに対する対応がコミュニケーションなら、そういった植物との対話も言語コミュニケーションになってしまうなと思ってやや違和感を感じました。 もちろん、わたしの例も対話といってるのである種のコミュニケーションではあるかなと思うんですが、言語コミュニケーションではないなと
@乙彦-c2n
@乙彦-c2n 2 года назад
CGやアニメーションを作っているのですが、重いものだと夜中に音を立てながら長時間頑張っている最中のレンダリング画面は、それはそれで美しいものです。
@taka-vz7ko
@taka-vz7ko 2 года назад
一応反論としてプログラミング言語の中には文法がめっちゃ自由なRubyっていう言語がありまして、一文として同じ文字列の命令でも文脈によって実行内容が変わるような文脈依存性のある文法があります。
@ケントマン
@ケントマン 2 года назад
自然を抽象的に記述したものが数学だから、自然の様子が数学的に綺麗というのは当たり前だよねってことか
@心理学の心理学
@心理学の心理学 2 года назад
プログラミング言語によるコミュニケーションは、自然言語的というより、記号論(学)的な構造を持っているのではないかと思います。 伝達の目的を正確に達成しようとするならば、メッセージを構成する記号とその意味は、発信者(プログラマ)が恣意的に定めるではなくて、受信者(コンピュータ)との共通の了解に基づいた決まりに従っていなくてはなりません。そのような決まりが記号論で「コード」と呼ばれるものです。 ですが、現実は人間という要素が入ってくるので、もっと柔軟で融通性のあるもので、それが自然言語ですね。一方、このようなコミュニケーションの図式が成り立つのは理想的で、閉じてよりメカニカルな条件で可能になるわけでして、それがプログラミング言語。 チョムスキーが面白いというのは分かるのですが、チョムスキーに行く前に、「記号論」も一度やっておくと、チョムスキーの理論がよりわかりやすくなっていくんじゃないでしょうかね。 特にウンベルト・エーコ(エコ)は、記号論の大家であるとともに、数万冊の古文書コレクターで、『薔薇の名前』(ダヴィンチ・コードにも影響を与えた?)、『フーコーの振り子』『プラハの墓地』という小説でベスト・セラー作家にもなり、テクスト論・翻訳論・美学論・言語哲学論の第一人者にして、1993年(原語)の『完全言語への探求』は、「統一されたヨーロッパのための現代的なプロジェクトへの、真剣な検討のための視点を提供する」と評価されました。
@hykathon
@hykathon 2 года назад
水野さんへ プログラミング言語の解釈器(コンパイラ)はちょっと勉強したプログラマーなら誰でも作れるものなので、翻訳家が誰かによって同じ入力でも違う用語を出せます。 そして、その翻訳部分に色々なおせっかい機能を入れたがる人達がいるので、入力が足りていない時に情報を補う事を勝手にやるためにやる事を勝手に変えてくれるものが沢山作られています。そしてそのおせっかいの仕方は、機械学習により最適化され作者にもよくわからなくなっているものも多数あります。 この場合、やりたかった事が伝わる場合も伝わってるようですちょっと違う場合も、全然違うんだけどなぁ、そこを受け取っちゃったかぁという場合もあります。 育てた結果、私の翻訳器と他の人の翻訳器は同じ入力に対して違う翻訳結果を返してくれたりします。 初期値の話はある地点での初期値なので、型理論では環境と呼ばれます。1変数ではなくめちゃくちゃ広いメモリ空間の話なので、視覚情報や経験などと同様のものと考えることも可能かと思います。(理論上は無限の空間を想定しているので)
@mozhigengo9479
@mozhigengo9479 2 года назад
人間の脳の限界はいまだ明確に分かっていない。確かに瞬時に処理できる情報量に限りはあるかもしれない(この場合、意識的に考えている部分以外にも生命維持や不要な情報を排除する機能などが常に働いていることは考慮に入れられていない)が、どこまで記憶できるかはいまだに解明されていない。その限界に達する前に、体の寿命の方が先に来てしまう。老化のプロセスもまだ解明されていなことや、人間の脳は世界中の図書館の蔵書すべてを記憶する以上の容量があるのに使いきる前に死にゆくことを考えると、人間は本来は永遠に生きられるようにできているのではないかとも思わされる。
@YOZORA8933
@YOZORA8933 Месяц назад
飼い主と犬の意思疎通は言語でない。これはその他の人から見たら意思疎通が出来ないからというのは分かる。 それで例えば双子が、その二人の間でしか通じない言葉で意思疎通していたとき、これは言語なのだろうかと思った。 言語とも言えるが暗号にも近い気がする。そもそも暗号は言語に入るのか。。。
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