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【音楽談話44】過熱するコンクールで不自然な姿に?独自の道を歩む日本(中高生)の合唱についての話。本来あるべき合唱の姿とは? 

車田和寿‐音楽に寄せて
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13 авг 2024

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Комментарии : 288   
@djoppary
@djoppary 2 года назад
中学の時、私のクラスは合唱が得意なクラスでした。 1人だけ声が大きいのに潰れたような声を出す子がいて、 学祭の直前で「これじゃ金賞取れないよ」とクラスみんなでヒソヒソ言い合ってました。 結果、同じ曲を選んだ隣のクラスに負けました。 そのクラスは声が大きくて音痴な子がいたのですが その子には歌わせなかったそうです。 その当時は「ウチも隣のクラスのようにしてれば…」と思ってしまいました。 しかし、悔し泣きする私たちに音楽の先生は 「大きい声や小さい声、いろんな声で一緒に歌うのが合唱だよ」 とおっしゃいました。 今になってその言葉がどれだけ深かったのか分かったように思います。
@yam3443
@yam3443 Месяц назад
合唱部の気持ち悪さの理由が明らかになって良かったです。 歌は好きでもあの“顔芸”は無理だと思うのは自然なことだと……安心しました。ずっと思っていても言ってはいけない、あの顔でないと出来ない発声表現があるのだと自分に言い聞かせていました😀
@Hannah-zr5gh
@Hannah-zr5gh 2 года назад
車田先生のお話、心に響きました。小学5年生の時、小学校の合唱部に入り、混声四部合唱の楽しさに目覚め、練習に励み、全国大会に向けて練習中のある日、指導の先生から「誰か変な声の人がいる」と言われ、みんなの前で一人ずつ歌わされ、「あなたは声を小さくして」と言われました。低音(アルト)で同級生の女の子達の声に比べると、太い響きで声量もあったので、「私がハーモニーを乱しているんだ」と罪悪感に苛まれ、結局本番は口パク。でも他の生徒と同じく目を見開いて、一生懸命の表情で歌っているふりの写真を見るたびに胸がギュッと締め付けられます。それ以来、自分の声が嫌いになり、人前で歌う事のみならず話す事さえ苦痛を感じるようになりました。 社会人になって、付き合いで参加したカラオケで、本当に楽しそうに歌っている友人たちにつられて歌ったら、「なんて魅力的な声!」と褒められ、以来少しずつ「変な声」の呪縛から解放され、今では「カラオケなら」楽しく歌えるようになりました。 もちろん調和は大事ですが、個々の多様性を尊重し、個性として互いを受け入れあえる社会になると良いですね。
@user-uu6td7vl3w
@user-uu6td7vl3w 2 года назад
折角の逸材を勿体ない… アルト、女声の胸声に対する無理解が跋扈し過ぎです。
@riricaluxxx
@riricaluxxx 2 года назад
ツラい学生時代でしたね。 社会人になって、カラオケをきっかけに自分の歌声に自信が持てて良かったです!
@akkun-rq2nw
@akkun-rq2nw Год назад
青春を取り戻してカラオケで鬱積はらしてほしい。私も音楽の授業でスカウトされて2年の3学期から合唱部に入ったのにNコン予選カンニングブレスしろといわれショックで飲み会でも男なのに竹内まりやとか女性のばっか歌ったいます。理解している人がいたらカラオケで思い切り自分が歌ってほしい。
@user-nv2gb3tu7r
@user-nv2gb3tu7r 2 года назад
やっとこれを発信してくれる方が現れた。僕はまだ音大生ですが、前々から全日本の合唱コンクールなどの歌声を聞いて違和感を持っていました。違和感が確信に変わりました。ありがとうございます。
@user-ie8xi5vn6w
@user-ie8xi5vn6w 2 года назад
息子が通った埼玉の自由の森学園て中高一貫校があります。 音楽の時間は全部合唱です。 コンクールには出ません。 すごくバラバラなまま、歌っていました。音楽祭があっていつもなみだが出るほど感動してましたが理由がわかりました。 まさに不揃いだったのです。
@user-kk2nx6wz8k
@user-kk2nx6wz8k 2 года назад
先生の話は本当に共感できます。私は指導者の名声の争いに見えます。こどもため、と言いながら自分のためにしかみえません
@dqpht743
@dqpht743 2 года назад
吹奏楽でも全く同じですね。
@user-ug3ly7fu2o
@user-ug3ly7fu2o Год назад
心から同意します!
@tomoko8126
@tomoko8126 2 года назад
車田さん、今回のお話を聞きながら中高大学生まで続けていた合唱部で自分が何に悩んで、何に傷ついていたかを思い出して涙が出てしまいました。心の開放、本当に大切ですね😊今、私は海外で合唱団に参加していてオーケストラと歌うので、声が大きすぎて困るなんてないし、指揮者の先生から声についてうるさく言われません。今回のお話でもっと自分を表現できる気がしますし、もっと心を込めて歌いたいと思いました。本当にありがとうございます💕
@jinmurayama
@jinmurayama Год назад
今まで日本の中高生の合唱をそのような視点でとらえたことはありませんでした。ですが、車田さんの「もっと自由な合唱を!」という最後の言葉に心を打たれました。ありがとうございます。
@user-qy6zh7vl1o
@user-qy6zh7vl1o 2 года назад
いつも、ご自分に正直な発信をして頂き嬉しいです。以前から小中高校生たちの合唱の姿が(表情)が不自然で何故だろうか?と、思っていました。今日のお話しを伺って大変納得しました。国民性も有るのかと思っていましたが、、、北朝鮮の子供が歌う姿や顔つきもそんな感じにみえます。私だけでしょうか。
@ravelpavane6606
@ravelpavane6606 2 года назад
以前から中高生の発声に不自然さを感じていましたが、今回のお話で腑に落ちました。日本人の真面目さがコンクールの競争を通じて歪なものになったのですね。
@user-ig2im6wo4m
@user-ig2im6wo4m 2 года назад
お話しを伺いながら、ドイツで聴いた「カルミナ・ブラーナ」を思い出していました。あまり大きな編成ではなく、アマチュアで、しかもオケではなくピアノ伴奏でしたが、声を出す曲など粗めの声でがんがん歌い、ささやくピアニッシモも手元に届く感じでぶっ飛んでくる。音楽の振れ幅が物凄く広く、しかも立体的にそびえ立ち、夢中で曲の世界に没入した記憶があります。ひとことで申せば「これぞリアルな音楽」とでもなりましょうか。。 日本国内では、この音楽のリアルな感じは滅多に発生しないのは残念なことですが、中高生の部活となると、これは完全に「指導者の内面の豊かさ」が問われると思います。日本の中高生に、ドイツのカルミナを聴かせたらどんな反応をするんだろう、と思います。
@Tech-um3ur
@Tech-um3ur 2 года назад
非常に共感しました。元器楽演奏家なので合唱や声楽は素人同然なのですが、だいぶ以前から日本のコンクールの演奏や講評に大きな違和感を持っていて、その根っこが何なのか、非常に納得がいきました。
@chaikagome9725
@chaikagome9725 Год назад
昔、同級生が "いつもコンクールでは金賞" という高校の合唱部に入ってて、地元では権威とか言われてる先生が顧問だった。とにかく目的はコンクールで勝つ事のみ。一番金賞を取りたいのは生徒じゃなく顧問だという話もあったけど、それはともかく、いつも誰かが泣いているような部活だと聞き「なんで高校生にもなって泣かされて部活やらなあかんの?」と違和感しかなかった。 実績があるからと生徒の親も含めて大人たちは盲目的に信用していたようだったし、仮に指導の仕方に問題があっても学校では誰も口を出せない権力を持っていた顧問。もっとも、口を出す気など学校にはなかったはず。 で、卒業の時、その同級生に今後も合唱は続けるのかと聞いたら「二度とやらない」と笑い飛ばし、皆そう言ってると話してくれた。これで、部員の子たちがどんな3年間を過ごしたのか理解した。音楽に限らず、こういう指導、今でもあるね。 その後、大学生になってから初めて地元の高校生の合唱を聴きに行く機会があったんだけど、正直、客席でドン引きした。気色悪い表情(を指導されているのが見え見え)で、おかしな宗教のような、何だか怖いような異様な雰囲気を出していた高校生。少なくとも、普通に歌を聴きに来た "その世界に関わっていない一般人" が良いと感じるようなものではなかった。そのためだけに作られたと思われる "課題曲" とやらもひどいセンスだった。楽しそうに歌ってる子がいない・・・。 これじゃ、合唱をやってみようと思った子たちがかわいそうだ。そんな世界とは知らず入ってくる・・・。なぜこうなった、日本の学校の合唱。
@meer2052
@meer2052 2 года назад
今まで感じてきた違和感を、専門的に明確に言葉にしていただき、とても勇気づけられました。 私は、コンクールには出ず、音楽祭には出るという方針でやってきています。生徒達はそれぞれの個性をステージ上で爆発させ音楽する喜びをホールに溢れさせます。殻を破る瞬間を幾度も目にします。 私のような価値観は異端なんだろうと思っていたので、とっても共感し、勇気づけられました。 もし先生がLustをお持ちなら、変声期の中高生に適した発声指導や歌の指導の在り方についてお考えを伺いたいです。 生徒が思う「歌」と教員が思う「歌」は一致しておらず、発達途上の生徒達にどんな発声指導をするべきかしないべきか、どんな曲を歌わせるべきか歌わせないべきか、歌専攻ではないので悩みながらの教員生活です。 ドイツでは変声期の特に男子の歌の指導がどのような感じで行われているか教えていただけると嬉しいです。 Vielen Dank für ihre Zeit!!
@pureglasses
@pureglasses 2 года назад
娘が児童合唱団にいましたが、そこの響きはそうとう透き通っています。声の質を揃えようとするのではなくピッチを揃えようとしていていました。揃うのはピッチ、声の響きはバラバラで全員の声を聞き分けられました。それがかえって透明感となっていました。そういう児童合唱団、たまにありますよね。
@seisukeota273
@seisukeota273 2 года назад
僕は大学生のとき、合唱団に居ました。声を抑えて合わせることだけを目的とした合唱団でした。その合唱団、出来損ないの声楽教師と決別しました。僕が大学生のときに関係した合唱団の問題点を見事に指摘しておられます。 ずっと待ち望んでいた合唱の声楽観です。合唱団の発声指導がインチキなのを見事に指摘された最高の内容です。この30年以上で初めて共感できる合唱の声楽観に会いました。ありがとうございます。
@saorikudo7317
@saorikudo7317 2 года назад
楽しいはずの音楽が 過剰な競争のために、、 失われるものがあるのは 本当に残念なことです。 いつも素晴らしいお話を ありがとうございます!
@river0413
@river0413 2 года назад
みなさんが同じことに悩み、疑問を感じていたことに、私も同感します。日本の合唱はガラパゴス進化したものだと思います。その集団の中ではその癖が標準になって進化していってるんでしょうね。学校教育としては、広い視野で音楽、合唱、声楽に触れてほしいものです。車田さんのおっしゃっている「モノマネ」私もそう思っていました。
@izumi5034
@izumi5034 2 года назад
偶然にこの映像をみつけました。わたしは小学校3年から合唱部でした。いま76歳です。車田さんのお話はとても大切だということがよくわかります。チャンネル登録しました。
@kazuhisakurumada
@kazuhisakurumada 2 года назад
😊😊
@gangway39
@gangway39 2 года назад
とある漫画で声楽の才能のある女の子が、合唱部で「声を抑えるように」と指示されて悩んでいるエピソードがありました。 車田先生の説明を聞いて、色々と納得できるものがあります。
@y.h.5520
@y.h.5520 2 года назад
素晴らしいお話でした。 謎が解けた気分です。 その通り、その通りと共感しながら 車田さんのお話を聞かせていただきました。
@user-up5us3ss4f
@user-up5us3ss4f 2 года назад
奥の深いお話です。合唱以外、教育全般に共通する事かもしれません。
@user-ug3ly7fu2o
@user-ug3ly7fu2o Год назад
前々から、あの不自然な表情に大変な違和感を感じていましたが、音楽教師の中でも、言えない、そんな雰囲気があります。もっと自然に合唱していいんだ!と確信しました。今年の合唱コンクールは、「もっと自然に歌つていこう!」と伝えたいです。勇気ある発信に心から感謝いたします!!
@user-lc7bl7ij6f
@user-lc7bl7ij6f 2 года назад
🍀声楽教室に通っている高1の者です。 私の高校は合唱部が強く、私も歌の技術を磨くために数ヶ月間、合唱部に入ってました。  ですが、入部し始めた時からのびのびとした声が出せなくなり、喉を壊し、声楽教室に行くたびに成長を感じていたのが逆に下手になっていくのを感じて、、、とても辛かったです。😢😥  退部を決意し顧問の先生に報告しにいったら、先生は理由を納得してくれず話が通じないようだったので、途中で泣いてしまったのを覚えてます。  退部してから、いろいろ悩むこともありましたが、この動画を観て自分が変だったわけではないと知り、安心しました。 ありがとうございました。☺️ 同じようなことで悩んでいる人はたくさんいると思うので、この本来の合唱のあり方がひろまってくれることを願います🍀
@masayoyairo9150
@masayoyairo9150 2 года назад
日本の教育の均一性を指摘してくれる深いお話でした…いつもありがとうございます。地元の音楽祭の合唱団に参加するので、参考にさせていただきます
@user-qf6vv8bn4u
@user-qf6vv8bn4u Год назад
高校時代、全国大会常連校の部長をしていました。(車田さんとは同世代のようで、おっしゃっている高校も推測できております。) 高校3年の夏に、個人的に声楽の勉強を始めてから同時に始まった悩み。それは、命がけと言っても言い過ぎではない程の部活動の発声法を否定しなければならないのか?!ということでした。 その後、その悩みを抱えながら長年歌ってきました。数年前、さすがに迷いも解決しかかっていたのですが、恩師が亡くなったことで踏ん切りをつけたつもりでした。それが今、この動画のお陰で、一気に解決致しました! 長年の疑問は、外から見れば単純なことでした。心のなかで関係者をある意味否定するしかなかった自分の小ささと、高校部活の洗脳度の高さに気づくことができました!! ありがとうごさまいます❤️ 私はまさに昨日、自分のソロの演奏をしたところです。ソロなのにどこか自由になれなかった根本原因が分かりました!!!! 洗脳が完全に溶けました(笑) これからは思い出を否定するのではなく、大切な経験として大事にし、車田教に乗り換えます🎵
@neo7075
@neo7075 Год назад
以前合唱団に所属していました。お話を聞いて合唱っていいなとまた感じました。
@konnyakukue
@konnyakukue Год назад
私の先生が、合唱をやめなさい。あなたの声は、日本の合唱に合うところはないなど言われ、期待はされても発声もできてなく苦しかったのですが、個人の先生に習って楽になっていき、その反面音量が合唱には受け入れられませんでした。合唱には、以前より心が乗りませんでしたが、一人で歌えるはずもなく。でも、こちらの動画で、凄く納得し勉強になりました。ありがとうございました。
@oguT-chor
@oguT-chor Год назад
現役の合唱指揮者です。先生のような審査員がいらっしゃれば日本の合唱音楽が変わるかもしれません。ありがとうございました♪
@hirocalkawa7656
@hirocalkawa7656 2 года назад
何十年も前に小学校の合唱コンクールで県大会に出たときのこと。全国大会常連校の自由曲は、小学生らしからぬ前衛的とも言える曲で、難解な歌詞、メロディ、編曲で、凄いトレーニングの末獲得したレベルの高さなんだろうと感心はしましたが、不自然さ、違和感という点ではMAXでした。
@user-br2fx6ud8t
@user-br2fx6ud8t 2 года назад
私の中学時代の合唱曲もでしたが、詩の内容は抽象的で、曲の構成も???な感じでした 変な終わり方するし・・・ NHKの合唱の課題曲って、コネで選んでるのかな・・・
@user-oz4hh2ki3v
@user-oz4hh2ki3v 2 года назад
なにを伝えたいかとても良く分かりました。 福島県は学生の合唱のレベルが高いので有名ですね。 合唱もソロも良く聞いて いましたが、 学生は未だ未熟で不揃いで良いのですね…。 車田先生が福島県出身と知り、少し緊張感が取れました笑☀️
@aa-mo4lb
@aa-mo4lb 2 года назад
私自身最近まで全国常連の合唱部で合唱をやっていたんですがやっぱり声が大きい人より声が小さくて音程とリズムが良い人が好まれてましたね。私は声楽のレッスンを受けていて声が大きい方だったのでよく顧問や周りの子に注意されていました😭発声の仕方も出している息を100%活用しない抜けている(?)声が重宝されていて所謂声楽の声は間違った発声として扱われていたので当時は結構ストレスでした😢
@secondaryninja9442
@secondaryninja9442 2 года назад
貴重なお話ありがとうございます。 どうしてあんなロボットみたいにおかしな声(と顔)で歌うのかずっと疑問で大嫌いなのですが、ようやく合点がいきました。 69年のリヒター東京公演のミュンヘンバッハの合唱は色々な個性の声が聞こえてきますが、何度聴いても鳥肌が立ちます。活き活きとした最高のマタイのひとつだと思います。
@narujp
@narujp 2 года назад
今から40年も前、クラス対抗合唱コンクールでハレルヤコーラスを歌いました。揃っているという感覚はほぼありませんでしたが、なぜか最優秀賞をいただきました。吹奏楽部が全国大会に毎年出場するような学校なので、各クラスに音楽に詳しい生徒がいる状態の中、どこも上手でもう勝てないと、勝負にこだわらず練習したのがかえって良かったのかなと思っていましたが、お話を聞き、曲の意味だけでなく、歴史や、当時の合唱の様子を話してくれた吹奏楽部のクラスメイトをあの時以来初めて思い出しました。実はとても良い合唱体験だったのかもしれませんね。
@TheUGKY
@TheUGKY 2 года назад
テレビやラジオで放送しているのを耳にする事がありますが、あの声質、強弱、ピッチ、リズムの揃い方にはいつも感心するばかりです。しかし、もしかしたらそれは感動とはまた違ったものだったのだろうかと、お話を聞いて思いました。今度、そのつもりになって聴いてみようと思います。
@kubosan4016
@kubosan4016 2 года назад
偶然この動画を見ました。約30年前高校の合唱コンクールでパート責任者を務めた時のことを思い出しました。均一であることが良いことだと思い込んで指導しました。何か変だなーと思っていたことがこの動画で解消されました。理路整然として心から音楽を愛している先生のお話に感謝します。
@angelinev29
@angelinev29 2 года назад
本当にその通りだと思います。結局、子供達の音楽学習は、大人の都合に合わせられて、本当の意味での学習になっていません。 車田さんの専門家の声は、日本の教育委員会までに届けられると、世の中、変わるのかな? このままだと、何十年経っても、1つも変わらないから。だから、うちの子に留学させようとしていました。コロナで延期してるが、いずれ出島します
@vestaosto
@vestaosto 2 года назад
いろいろな意味で日本的な問題ですね。。。ここで言われていることは、合唱にとどまらず他の分野でも起きているような気がします。。。
@HirotakaKamata
@HirotakaKamata Год назад
まわりに合わせよう、溶け込もうとする意識が強すぎて、アンサンブル全体としてきれいに正確にまとまっているけど音楽が小さく聴こえてしまう傾向、中高生の合唱だけじゃなくて、日本のプロオケにも見られる傾向ではないでしょうか。時々そう思うことがあります。
@Ken-ed7zt
@Ken-ed7zt Год назад
退屈な意味が分かりました。コンクールではない全員で歌う卒業式の合唱は心に響く!!
@user-jq6mz3nx2n
@user-jq6mz3nx2n Год назад
ここでも日本の音学の弊害が出ているように感じました。少しづつでも変化するためには演奏・指導・聴く側の大人がまず学ではなく楽しさを重視するように変わる必要がありそうですね。
@user-xo3xo5zq9c
@user-xo3xo5zq9c 2 года назад
母校の合唱部は声を揃えて!なんて1度も言われることなく練習は厳しかったかもしれないけど(歌が好きすぎて苦になってない)、伸び伸びとっても楽しかったです。全国では一度銀を取りましたがあとで録音を聴いたら銅の高校のほうが上手くてみんなで笑いました。お客さんで泣いてる人がいたほどの熱演だったそうで、先生が解説されてる合唱の楽しさとはこれに近いのかな?と思いました😅
@user-wk5pg8fx8e
@user-wk5pg8fx8e 2 года назад
私は、小学校の頃、合唱部に所属しておりました。コールユンプンゲンから始まり、日本の作曲家による合唱曲など、それまで知らなかった曲をたくさん知ることが出来ました。自分の音楽の幅が広がったので、はいってよかったなと思いました。
@user-lq4xj9mm5e
@user-lq4xj9mm5e 2 года назад
一人一人の個性を活かした、不揃いが中高生らしい、自然な形。良いですねその考え方。
@notcricketer
@notcricketer 2 года назад
僕は幼い頃から音楽が大好きで、今でも十代の頃と同じように、モーツァルトは僕の親友のような存在だけど、いまだかつて日本人の合唱コンクールを聴いて感動したことは一度もない。なんか変だなとずっと思ってた。聴覚的にも視覚的にも、なんだか不自然というか、何かによって一律に統率されてしまっているかのような不自由さを感じてた。今日のお話を聴いて、その理由が論理的に理解できたように思う。 いつも思ってたけど、日本人て集団になって練習する時間が多すぎるのじゃないかな。一人になって公園で犬と自由に遊んだりとか、モーツァルトのおかしな手紙を読んで笑ったりとか、映画「海街diary」の主人公みたいに「お父さんのバーカ!」と言ってみたりとか、そんな時間こそが必要じゃないだろうか?  英検1級の資格を持っていても、外国の人たちと本当の親友になれるような言葉を使えない日本人が多いように、たとえ合唱コンクールで優勝しても、何か大切なものを失っていたら、音楽の美しさもなくなってしまうだろう。 子どもたちには競争心などなくても、指導者の大人たちに他校との競争を過剰に意識する見栄のようなものがあるのかもしれない。その見栄によって、天賦の才能に恵まれた子どもの可能性が潰されてしまうということもあるような気がする。
@satorinu
@satorinu 8 месяцев назад
大変腑に落ちる内容でした。 合唱コンクールの歌を聴いて、この完成度の合唱は自分には出来ないという意味で「すごい」と感じることはあっても、歌自体に感動したことはないことに気付きました。 大人でも、趣味レベルであれば技術的には未熟でも「楽しい」に溢れた歌の方が聴いていて楽しいことが多いのに、「上手く」歌わなければならないという意識が強すぎて没個性的に歌う人・歌自体を楽しめない人が多いのも、学校教育の弊害を引きずっているのかもな、とも思いました。
@user-ui1iq6ej8o
@user-ui1iq6ej8o 2 года назад
ウィーン少年合唱団の演奏を見た時、一人ひとりが勝手に歌っているように見えて違和感があったのですが、それの方が本来の姿なんですね。
@seikifujiwara4335
@seikifujiwara4335 Год назад
私は高校2年の中頃まで歌はやっていませんでした。高文連の演奏会があり、地区代表になったので手伝ってと同級生に言われ、手伝いで良ければと承諾しましたが演奏会は2週間後なので2曲暗譜してね、と言われて慌てました。合唱なんて学芸会でしかやったことはなかったのですが、楽譜通りにそして他の人を真似して歌えば良いと思って練習に出ていました。とっても良い曲だったのと、うまく歌えるようになったので気持ちよくなりました。本番では頑張ったので私の声が目立っていたそうです。他の学校の先生から、高校生のレベルを超えている良い声とお褒めをいただいたしだいです。これが声楽を志すきっかけになったのですが、翌年のNHK合唱コンクールは地区大会で4位となりました。演奏としては1位だとしてもおかしくない演奏だったと思います。いま各校の演奏の録音を聴き比べてもそう言えます。ただ、1位になった学校の女声合唱は確かに声がそろっている。2位になった学校はその次に声がそろっている。我校の演奏は声の粒がそろっているとは言えない。しかし音楽性としては1番だと思った。
@user-gk7ft6bv2x
@user-gk7ft6bv2x 2 года назад
前回の吹奏楽コンクールに続いての拝聴です。音楽を「コンクール」というカテゴリーで峻別することの難しさを改めて考えさせられました。最近、私のマンションの窓から、近くの小学生の美しい合唱の響きが届くようになり、心を癒されています。地区のコンクールでも優秀な成績を収め、子どもたちの歌声は素晴らしいなと思っていました。特に変声期前の声は、天使の声のように響きます。このことと関連するかは不明ですが、かつてカール・リヒターがミュンヘン合唱団を組織してバッハの演奏をするときに、訓練されたプロの声楽家ではない、素人の声楽愛好家を中心に集めたと聞いていました。リヒターの求めるバッハの音楽には、オペラ歌手とは違った響きを求めていたのだと思います。 今、各地で吹奏楽や合唱コンクールの地区予選が行われています。コロナ禍で厳しい環境の中でコンクールをめざして必死に練習している若い人たちの青春に、まずは声援を送りたいと思います。しかし、コンクールがすべてでは無いという事も、車田先生のお話を聞いて納得しました。いずれにしても、彼らの将来には、大海のような素晴らしい音楽の世界が待ち受けているという事を思い、祝福したいと思います。
@playbach2171
@playbach2171 2 года назад
ニコラウス・アーノンクールとグスタフ・レオンハルトによるアルヒーフのバッハ・カンタータ全集では、ソプラノ・アルト声部に良く訓練された複数の少年合唱団を起用してました。彼らの中でもアラン・ベルギウス、ペーター・イェロージッツ、ウィルヘルム・グィドル、ゼッピ・クロウンギッターなどの卓越した少年ソリスト達の名演が思い起こされます。 私はかねてより「日本には彼らに匹敵するような名ボーイ・ソリストが居ないなあ」と思ってました。 まさに車田氏のご指摘が正鵠を射ているならば「没個性的な演奏を好む日本の年少者声楽教育では望むべくも無い」と腑に落ちました。
@anja3156
@anja3156 2 года назад
ヨーロッパの合唱団員です。面白く拝見しました。合唱だけでなく、声楽を勉強され、留学にいらっしゃる日本人のみなさんの多くが「不自然に造った声」です。 ナチュラルな声を伸ばしてあげてほしいです。でないと、入試も10秒で終わってしまいます。
@satoshimatsuyama4086
@satoshimatsuyama4086 2 года назад
目の色に表情 =『光』が宿る! これは復習ですね。 ありがとうございます。 much Love, satoshi
@mmkk539
@mmkk539 Год назад
大変含蓄のある貴重なお話を有難うございます。 此の事は日本においてあらゆるジャンルに言えるような気がしますね。 音楽に限らずスポーツ等等。 この提言が合唱王国と言われる福島県出身の車田さんから発信されたのは意味深いですね。 でも車田さんが指導された高校の合唱部は自由に個性を出すようになったのでコンクールには優勝出来なくなったのでは?でも生徒さんたちの音楽人生にとっては良かったのかも!
@mangoisland1009
@mangoisland1009 8 месяцев назад
私は小学生のとき、Nコンに出ていたのでその世界観がなんとなく分かります。そんな自分も感覚的にテレビのNコン映像見ていられない気持ちになったのは説明してくださっている理由があったからだと納得いきました。目から鱗です。
@user-on2ot1zp3b
@user-on2ot1zp3b 2 года назад
自分は変声期に喉を潰してしまって、ほとんど声が出なくて合唱の時間がとても苦痛でした。 どうがんばっても声を揃えられず、口パクでやり過ごしていましたが、評価は2でした。 辛いですね。
@user-km7qu7uh1p
@user-km7qu7uh1p 2 года назад
以前、NHKでウィーン少年合唱団(もちろん世界最高の少年合唱団の1つ)の来日公演を観た事があります。その時にびっくりしたのは、一人一人の身体の向きとか姿勢とか見てる所とかがバラバラな事でした。日本のNコンとかを見慣れている者にとっては「えっ?」でしたが、今回のお話を伺って「それが正解」と納得しました。
@wangming2443
@wangming2443 2 года назад
一人一人の感情が乗っていない演奏はすぐにわかるし、等身大でない声を作っているような演奏はそんなに好きになれない。ただ、声楽で突き抜け過ぎると、やはりアンサンブルができているかも大切かなと思うので声楽と合唱の問題は難しいなと思う。 いずれにしよ合唱はもっと自由だは大賛成。コンクールが評価だけの場ではなくて、「勝ち負け」だけの場所ではなくて、お互いの自由な演奏を知って、もっといっぱい感動して、さらにお互いが繋がり合える場所になれば良いなと思う。 多様さを認め合える場に。
@user-sq9ol2gk8g
@user-sq9ol2gk8g 2 года назад
唄も楽器もできないけれど、聴いてて胸に響きました。 付和と雷同とは全く異質なもの。 これは生きる姿勢そのものですね。 忘れないようにしたいです🙇
@tukamoto3t
@tukamoto3t 2 года назад
「周りと合わせると快感になる」というのは、「よーし出来た、いいぞ」という、指導者の快感だと思います。 歌っている本人の感情は「周りと合わせないとつまはじきにされる、それは嫌だ、だから合わせる」だと思います。
@randmax3821
@randmax3821 2 года назад
太田裕美さんが学生時代、合唱部に入ったところ顧問の先生に「あなたの声は合唱向きじゃないからやめといた方がいい」と言われたそうです。本当にこの先生の観察眼には感謝しかないですね。もし彼女が合唱部に入っていたらたぶん薬師丸ひろ子さんみたいな唄い方の人になっていたでしょう。 まぁそれが悪いかどうかと言われれば好き好きなのですが、木綿のハンカチーフはまったく別の表情を持った曲になっていたのではないかと思います。
@kowloon9866
@kowloon9866 2 года назад
はじめまして。おすすめに出てきたのでなんとなく再生してみたら、おもしろすぎて、なるほどーなるほどーなどとつぶやきながら見入ってしまいました。ありがとうございます。
@user-vs3de4qf9t
@user-vs3de4qf9t 10 месяцев назад
私の子供も歌うことが好きなので、車田先生のこの話を、今聞けたことに感謝します。
@user-sl7dj5yk5l
@user-sl7dj5yk5l 2 года назад
いつも本当に面白い視点のお話でめちゃ感動します。高校生の部活動というもの自体が不自然なところ多いですしね。 でも、若い人が一生懸命頑張ってる姿に感動してしまう。。。 私は福島の合唱王国の王道を歩んだ友人がいますので、今回のお話はとても親近感ありました。 彼女とは予備校仲間で(笑)、彼女が音大時代に地元で歌ったときに伴奏をしたのが懐かしいです(私は音大は諦めたので素人です)。 もっとのびのびしていいんだよ、という指導者の一声で若い人の世界観がぐっと違ってくるというのはその通リと思います。 車田先生の指導で合唱してみたい!(^^)!
@ruriyanagi.813
@ruriyanagi.813 2 года назад
よくぞ仰ってくださいました、溜飲の下がる思いです。 パイナップル・カット・マシーンの一刀両断ぶりと相まって、車田さんの勇気を感じます。
@kiyomi5343
@kiyomi5343 2 года назад
車田さん、今回のお話はとても心が解放されるお話でした。 私は女性ですが、小学生の頃から声が低いのか、独特で、学校の合唱、きれいな合唱では、一オクターブ勝手に下げて、歌ったりして笑われたり、ダメだ❗️と友達から怒られて、おさえて歌っていました。だから、合唱、コーラスは苦手でした。しかし、音楽がとにかく大好きだったので、音楽の時間、独唱のテストではノリノリで周りを気にせず歌う図太さも持っていたんです☺️中学の時、学内でクラス別の合唱コンクールが毎年あって、音楽の先生が、大きな声で歌うことを良しとされている先生だったので、私が自分の声でみんなを引っ張ってもっと大きい声を出そうと、盛り上げていたら、とても褒めてくださったのが、良い思い出です。そのときは、変声期の男子がとにかく声を出さないので、男子の前に行って、もっと出そう❗️なーんてお節介にもやっていました😅 私が日頃からちょっと外れたキャラクターだったので、許されていたのかもしれません。 今、55才で、ゴスペルグループに入っています。今は自分の声を生かして、ノリノリで歌うことが出来ていますが、それでも、メンバーの中には揃えたい人もいて、日々せめぎあいの中、窮屈に感じて歌っていても歌うことを止めている瞬間がありました。 今回のお話を心にとめて、顔の表情ではなく、目におもいをのせて、私の身体を響かせて、歌っていきたいと思います。 また、動画を楽しみにしています。
@enkyo83
@enkyo83 2 года назад
Nコンの凄さ、必死さには驚きますよね。私はそれが感動に繋がっていましたが、おっしゃる通りの意見があるんですね。なるほどなぁ
@user-if5wx2sh3r
@user-if5wx2sh3r Год назад
高校時代、合唱の名門校で全国大会にも出てました。なので車田さんのお話は心当たりがあります。同時期に福島県の某高校が金賞を取った演奏を録音を聴いたら少なくとも声楽的には個性を殺した発声で、なぜこの演奏が金賞なのか分かりませんでした。 この手の動画、これからもどんどんお願いします。
@yosiyukimk2ysyk
@yosiyukimk2ysyk 8 месяцев назад
中学生の時吹奏楽部でしたが、その時顧問の先生が「自分が感動した半分しか聞いている人には伝わらない」と言っていたのを思い出しました。
@shibusazappa
@shibusazappa 8 месяцев назад
色々と考えさせられる提言ありがとうございます。 不自然に揃えなくても各々の持ち味を発揮して「結果的に」揃うのが理想ですよね。 13:31 表情については作曲家の湯浅譲二さんも「いい表情で歌えとか誰が教えてるんでしょうね?やってるのは世界中で日本だけですよ」 とおっしゃってました。個人的には全員デコ出しも苦手です笑
@naon9888
@naon9888 2 года назад
良かった~!あぁ良かった!って気持ちでいっぱいです。 楽しい音楽が好き。
@kazuhisakurumada
@kazuhisakurumada 2 года назад
😊😊
@user-bt9wd6qw8l
@user-bt9wd6qw8l 2 года назад
ありがとうございます😄 その通りだと思います🎵 学校での大抵の音楽活動が「指導」で、芸術活動ではないのが実態です。しかし、地域の指導者で、音楽を愛し、そのような芸術活動をなさっている先生も少なくありません。 親が子どもに均一を求めて、型に押し込めることを無意識にやることをしなくなれば、子ども達は音楽を楽しめます。 音楽は楽しいものです🎵 みんなで一つになって感動を分かち合いたいものです😚
@amadebaba5793
@amadebaba5793 2 года назад
本当に良いお話でした。私もいつも日本の小学校から高校生の合唱はおかしいなと思っていました。コンクール主義の間違った方向を歩んだ結果でしょう。難しい曲にはしっており、聴いていても楽しくありませんし。
@user-sf8en5pw9h
@user-sf8en5pw9h 2 года назад
「目を見開いて笑顔」🤣🤣🤣 やっぱ不自然ですよね。 アレだけはやらないぞ!と心に決めていた若き日の私、正解だった!
@noborutakenaka2305
@noborutakenaka2305 2 года назад
私も高校生から合唱を始め随分長い時間合唱を歌わせてもらいました。 高校生の時のコンクールの曲と最近の曲があまりにも違うので結局クラシックな合唱曲をRU-vidで聞いてます。 やはり発声、ちょっと違うなあ。
@user-kr2ee3eh8w
@user-kr2ee3eh8w 2 года назад
なるほど。。中高生の合唱コンクール知らなかったお話をありがとうございました😊 弦合奏でもあるんですよ。個性を抑えることが求められます。全員がはみ出して繰り返すうちにまとまってくるのが理想だ!!と長年思ってきました。 面白い思い出。 音大時代、合唱の授業があるんですけど、普段の先生の時はみんなダラダラして面白くなかったんですけど、当時若くて大友直人さんが指揮してくださった時は、女子はみんな生き生きとした喜びの声になったのでした。ハハハ!!
@annieball3936
@annieball3936 2 года назад
「顔が不自然」 ごもっともです。長年感じていた気持ち悪さの原因が分かりました。
@hiromitakahashi6453
@hiromitakahashi6453 2 года назад
うちの学校女子高だったけど3年のときハレルヤ歌ったのを思い出す。みんな声を抑えることしなかったからバランスが悪かった気がする。卒業のとき担任の先生がハレルヤ収録したカセットテープを生徒に贈ったので素敵な思い出です。
@user-bu9wx2eo6x
@user-bu9wx2eo6x 2 года назад
私もコーラスで必要に応じてソプラノ、メゾアルトを渡り歩きましたが、好きな声の大きさで、好きなパートで自由に歌いたかったなぁ…😂と思いだしました! ありがとうございます!!
@vinban7976
@vinban7976 2 года назад
中学時代、校内ですが自分のクラスが校内代表で文化祭で披露しました。その時の曲が「デビルマン」でした。選曲は真面目ではなかったですが、みんな一所懸命歌いました^_^。楽しかった記憶です。その時、横の一人が私の横で曲に合わせて「メルモちゃん」の歌をずっと歌ってた子もいて、楽しい記憶です。
@user-ux3el6fe3l
@user-ux3el6fe3l 2 года назад
私も合唱コンクールの形には違和感を持っています。私の母校では発声について教わったことはありませんでした。hやsなどの子音を意識することを何度も指導されました。そんなことはある程度基本の発声が出来ている人にしか意味が無いと思いますが、それでも発声のレッスンはありませんでした。女子は裏声なので綺麗でしたが音量は無く、男子は音量はありましたがほぼ喉声で汚く、これでは歌の楽しみを生徒が感じられないと感じました。一人一人に発声の指導を施すことは難しいですが、集団相手にも伝わるような発声指導のメソッドが作られたらいいなと常々思います。
@user-br2fx6ud8t
@user-br2fx6ud8t 2 года назад
中学は合唱コンクールに向けて毎年がんばってたけど、幸い、合唱部の先生がクラシック好きだったので、グローリア(モーツァルト)や、ハレルヤ、流脳の民、なぜかフィガロの結婚のオペラアリアを歌うことができました。 あれがあったから、今の自分がある気がします。
@sanrie3396
@sanrie3396 2 года назад
吹奏楽コンクールのお話もそうですが、私が感じていることを代弁してくださっているかのようで、強く感銘を受けました。 私自身もそうだったのでよく解りますが、本音は思いっきり!自分を抑圧することなく表現したいのに、無理に周りに合わせてモヤモヤしていました(笑) ですが… 恐れず!自分の気持ちに自信を持って!素直に表現し始めたら、ディープな意識で周りと繋がるような感覚で!目の前の世界が一気にキラキラ輝き始めました✨ これが!大調和なのかなぁ⁉︎ って思います♪ 皆、バラバラで1つ‼︎ なのだなぁ〜〜
@satoshionoe2539
@satoshionoe2539 Год назад
だから地声のぶつかり合いが不思議な感動を産むブルガリアの女声合唱があんなに流行ったんでしょうか。
@akirasakkyoku8819
@akirasakkyoku8819 2 года назад
「ソロには無い合唱の魅力」良いですね!😊 学生時代の部活、大人になってからのアマチュアの団で、合唱を少々経験しましたが、確かに「声の性質を揃える」と言われた事がありました。きれいに揃えても、それはクオリティの高さであって、魅力の高さではないですね。。。。 「声の性質を揃える」と言えば、宝塚歌劇団の娘役さんたち、みんな同じ歌声に聞こえます。😅
@user-yq1db7xd1b
@user-yq1db7xd1b 2 года назад
深く共感致します。加えて日本人という民族の持つカラーがあり、そこにそぐわない人間は排他される傾向にあります。音楽のあり方そのものも日本人独自のカラーがある。 そこに海外の価値観を持ってきても自身がこの島の一員,日本人である限り宿命のように背負うモノがあると感じています。 どの芸術集団においてもそれぞれのカラーがある。 そこから一般人が解き放たれたいなら、先ず海外で認められるか海外の著名人を味方につけ独自の道を示し、貢献を示してゆくのも一案。 合唱の世界はコンクールを軸に考える限りしばらくは変わらないように思います。 もし変革が起きるとすればコンクールという複雑な組織からは外れた外側から起きるように感じます。貴重なお話をありがとうございます!
@tetsukoba8412
@tetsukoba8412 Год назад
むかしタモリも指摘していましたね。日本の合唱コンクールの「音楽」は異様であると。お笑いの中でしたが「鋭い指摘なだー」思ったのを思い出しました。
@user-ox6sv4yf1c
@user-ox6sv4yf1c 2 года назад
ずっと前にゲヴァントハウスo.と聖トーマス教会の合唱団のマタイ受難曲を聴く機会がありました。合唱団は日本で言うところの中高生の年代だったのにまず驚きました。中には日本で言う不良みたいなチャラチャラした髪型の少年も何人かいますが、彼らも演奏が始まると一転。真面目に一生懸命バッハを歌います。ソリストも福音史家以外は合唱団の少年達が担っていたと思います。リヒターの名盤等聴いてきた自分にとって確かに先生が仰る未熟さ不揃いさを感じましたが、日常に根差したバッハというか、恐らくバッハ本人が演奏したのもこのようなものだったはずと思わせる説得力がありました。
@user-shimarisu163
@user-shimarisu163 2 года назад
ずっと心の奥でモヤモヤしてたのは、これだー。 自分は声が大き目なほうなので、合唱だといつも耳をそばだてて許容される範囲の幅を感じながらその中に納まるようにやってる。 ソロでやるときの方が、声の出し方やコントロールなどの難しさは爆上がりだけど、それでもそれこそ、その難しさを楽しめるっていうのはそういうことだったんだなぁ
@mattn7105
@mattn7105 2 года назад
いつのころから始まったのかわかりませんが、日本人は(自分もですが)つくづく均一性が好きな民族なのですね。高校の合唱部だけでなく、もっと個々人が本来持っている特徴・個性を尊重できる世の中にしていくべく、今回お話し頂いた内容を、自分の子供の成長や仕事にも役立てていきたいと思います。そう思えるお話でした。ありがとうございます。
@おばちゃん1
@おばちゃん1 2 года назад
まさにその隣の合唱団におりました。不自然ととらえる見方もありますが、均質化と言いながらもしっかり個々の声はありその複雑さを楽しみ歌う喜びは深かったと記憶しています。自己満足だ不自然だといわれてもこれはこれで「コンクール向け」という合唱の1ジャンルだと思っております。
@Itakura-Naohisa
@Itakura-Naohisa Год назад
たまたま見つけて拝聴させていただきましたが、なるほどと思いました。ところで私は合唱について、歌い方よりも楽曲に疑問を持っていました。全日本合唱連盟の課題曲はここ数十年似たような曲が選ばれています(朝日作曲賞)。メロディに個性がなく、上がったり下がったりを繰り返すだけのような曲が多いと感じるのですが、他の作品との区別がつきにくく、つまらない曲ばかりと思っているのは私だけでしょうか。そんな曲ばかり選ばれることに疑問を持ち続けています。青春を打ち込んで練習する価値があるのかと多いに疑問です。
@maron3008
@maron3008 2 года назад
八戸も合唱でいい賞をとることに夢中なところです。 教え子たちを見ていると、合唱をやればやるほど、心が歪んでいくケースが多いと感じていました。 いじめが一番多いのは、合唱部でした。 一人ひとりの良さを生かすということができないストレスなのかな? 音楽って、豊かな心を育むことができるものなのでもったいないですね。 一番驚いたのは、審査員を呼んで直接指導してもらっていたことです。 不思議な世界ですね。
@koemu_jp
@koemu_jp 2 года назад
発達段階の不揃いを認めるという言葉が、ずっと心に引っかかっていたことに一つの答えを示していただき感謝しています😊 25年ほど前、中学1年のときに校内合唱大会の自由曲にモーツァルトのAve verum corpusを選曲し、自分は指揮者という名のリーダーを担当しました。 そもそも難曲なのに、さらに変声期真っ只中。クラスメイトの声がうまく合わないため、どうすれば合うのかと音楽の時間は先生の猛指導を受けつつ、自主練は帰宅命令が出るまで毎日していました。 そのズレは最後まで調整できないばかりか、本番では練習ではできたところまで出なくなった瞬間までありました。大人になってからも、その時に収録したテープを聴くと、心が傷みました。 でも、そもそも発達段階ですから合わないのは不思議ではないという考え方を車田さんからおはなしいただいて、ああ、これはこれでありのままを受け止めてよいのだ、と少し、いえ、25年の時を経てだいぶ心の整理がつきました👍
@penpen6251
@penpen6251 10 дней назад
車田さん、福島の方だったんですね!私は福島県会津若松の高校で合唱部に入っていました。全国金賞取ったこともあります。 必死にみんなに合わせて、飛び出さないように、自分を出さないようにと、声だけでなく思想まで先輩と同じでなくてはと頑張っていました。声は控えて顔で歌うあの文化は…確かになんだったのでしょう😂 当時はあの世界にどっぷり染まっていましたが、大人になった今思い返すと、本当に異様だったなあと思うようになりました。それが言語化されて理解できて嬉しいです。
@mario-vy5cg
@mario-vy5cg 2 года назад
コンクールである以上、指導者に問題があるのではなく、審査員の先生ですね。 車田先生がおっしゃった事柄を評価してくれる審査員の先生が増えれば、自ずと合唱も変わってくると思います。 個人的には昔の審査員の先生の方が柔軟な評価をしていたと思います。
@kazuhisakurumada
@kazuhisakurumada 2 года назад
結構指導者の方が審査員をやる場合もあるのではないかと思います。
@yumikomelealoha
@yumikomelealoha 6 месяцев назад
とても重要なお話だと思います。ありがとうございます。
@siaolongpau9593
@siaolongpau9593 2 года назад
自分が合唱を続けることが出来なかった理由の一つがわかったような気がしました。 二股をかけていたクラリネットは還暦を過ぎた今でも楽しんでいます。
@jirie5246
@jirie5246 Год назад
同調圧の弊害なのかな〜と思いました。ありがとうございました。
@user-bk2mv4cv9o
@user-bk2mv4cv9o 2 года назад
車田さん、はじめまして。 いつも楽しくRU-vid拝見しています。今回の「合唱」よくぞ言ってくれました❗️と拍手です。
@randmax3821
@randmax3821 2 года назад
30年以上前に合唱部で頑張っていましたが、今にして思うに「全日本・学校・音楽コンクール」ではなくて「全日本・学校音楽・コンクール」だったんだなぁと思います。「音楽」とは別に「学校音楽」というものがあるのだ、という教育者がいるのでしょうね。何だか小学校の先生が掛け算の順序にこだわるのと同じ匂いがしてきます。
@user-mz1dw1mx3l
@user-mz1dw1mx3l 2 года назад
大変興味深くお話しを聞きました。大学時代合唱をやってました。今は聞くばかりですが、はじめて聞くことも多く、目あら鱗が落ちるようでした。大学時代も振り返ると、他人に合わせることを重視した面があったことを思い出しました。心を開いて歌う、音楽はまずは楽しくなくちゃいけないですね。とても興味深いお話しありがとうございました。
@user-bq5sv6eh7u
@user-bq5sv6eh7u Год назад
ありがとうございます!
@kazuhisakurumada
@kazuhisakurumada Год назад
こちらこそありがとうございます😊😊
Далее
NOOOO 😂😂😂
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Редакция. News: 129-я неделя
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