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ルーマニア軍歌 Treceți, batalioane române, Carpații (ルーマニア大隊よ、カルパチアを征け) 

Иван Махмудович Владимиров
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そゔぃえと^^~(挨拶)
久しぶりの初投稿です
自粛自粛アンド自粛のご時世に、引きこもってる兄貴姉貴たちに贈る今回の和訳動画はルーマニアの愛国歌 Treceți, batalioane române, Carpații です。
祖国のために命を燃やしたルーマニア人兄貴たちに思いを馳せて、どうぞ
申し訳ないが大ハンガリー主義はNGだ。
なお、作詞当時(歌われ始めた頃)から冷戦期にかけて歌詞が追加されている。
ルーマニア現代史、ルーマニアの文化に興味がある兄貴姉貴たちは↓のクッソ長い解説を読んだうえで聴くといいかもしれない。
曲だけ楽しみたい兄貴姉貴たちは↓の解説を読んでも時間の無駄だし(興味がないと苦痛だゾ)、曲だけでも十分いい曲なので聴いていって、どうぞ
『初期』
1916年頃の作曲と言われているが、特定の作曲者がいるわけではなく地方で古くから歌われていた曲が替え歌的に歌われたものと推測される。
ちなみに、ポーランドには Szara piechota(灰色の歩兵/1927年頃) というクリソツな行進曲があるので聴いてみるといいゾ
この動画の音源では5番まで歌われているが、オリジナルの歌詞は最初の3番まで。
第一次世界大戦において、敵であるオーストリア・ハンガリー領へと赴いていく兵士たちの出征と決意を歌ったものである。
1916年というと「トランシルヴァニアの戦い」が開始された時期であり、ルーマニアはハンガリー領トランシルヴァニアを一時的に占領するも後に国境まで押し戻されていた。
トランシルヴァニアはルーマニアとハンガリーの歴史的に重要な土地であり、ハンガリー領ながらもルーマニア系住民が多く、いわゆる「大ルーマニア主義」の対象としてこの地の統一はルーマニアの悲願であった。
連合国側がなんとか勝利したことでルーマニアも戦勝国となったが、非常に厳しい戦いを強いられた。
なお、トランシルヴァニア(Transilvania)はラテン語で「森の向こう側」を意味する地名であるが、一般的にはルーマニアでは「アルデアル(Ardeal)」、ハンガリーでは「エルデーイ(Erdély)」と呼ばれている。
語源は不詳ながらも、ケルト語に由来するなどの諸説がある。
『第一次世界大戦後』
1918年の敗戦後、ハンガリーでは社会主義者・共産主義者勢力の影響を受けてハンガリー人民共和国が成立しており、国土が混乱状態にある隙をついてトランシルヴァニアではルーマニア系住民がルーマニアへの統一を宣言する。これに対してハンガリー人民共和国は軍を動員、ロシア・ソヴィエト社会主義共和国にも救援を要請し、ハンガリー・ルーマニア戦争が勃発する。
ロシアは革命後の内戦が始まったばかりで疲弊しており、ハンガリーでも敗戦後の動揺で満足な戦いが出来なかったばかりか1919年には内紛によりハンガリー・ソヴィエト共和国が成立するなど混乱を極めていた。
また、共産主義政権の拡散を恐れたユーゴスラヴィア、イタリア、フランス、チェコスロヴァキアなどはルーマニアを支援したため、元の混乱もあってハンガリー軍は壊滅し、ルーマニアはブダペストを占領した。
これによりハンガリーは抵抗を断念し、ルーマニアが念願のトランシルヴァニア奪還を果たすこととなる。
ちなみに、トランシルヴァニアでのルーマニア統合宣言から名実ともにルーマニアへの統合が果たされるまでの間、「トランシルヴァニア・ブコヴィナ義勇ルーマニア連隊」と呼ばれる、ロシア人やウクライナ人などによる義勇軍が大きな役割を果たしたことで知られている。元は第一次世界大戦中に、ロシア革命により戦線を離脱したロシア軍や、社会主義革命を嫌ってロシアを離れた兵士がルーマニア軍に義勇兵として合流した部隊であるとされる。この歌も、この義勇部隊を中心にトランシルヴァニアで歌ったことから有名になったと言われている。
『第二次世界大戦・冷戦期』
第二次世界大戦期にはルーマニアとハンガリーはドイツと共に枢軸国の一員として同盟関係にあったが、外交圧力によりトランシルヴァニアをハンガリーに割譲させられていた。
同盟国であることから露骨な反ハンガリーの運動は起きていなかったようであるが、元は「軍歌」であるこの歌は兵士たちの士気を鼓舞する上で(敵であるソ連はトランシルヴァニアとは無関係であるにもかからわず)よく歌われたとされる。
第二次世界大戦後、トランシルヴァニアは晴れて再びルーマニア領に復帰する。戦争末期にルーマニアがソ連による降伏勧告を受け入れ、「自発的に」枢軸国への戦線布告を行ったこと、早期に共産主義政権を受け入れたことなどを理由にハンガリーからルーマニアに与えられたと思われる。
両国間で友好的な関係にある現代では表立ってトランシルヴァニア問題が提起されることはほぼないものの、ハンガリーの民族主義者や右翼などは今でもトランシルヴァニアを諦めていないと言われている。
申し訳ないが大ハンガリー主義はNGだ。(二度目)
オリジナルの歌詞は3番までであるが、冷戦期には大幅に歌詞の追加が行われた。
・用語解説
 ・カルパチア:中欧~東欧に跨る山脈。スロバキア、ポーランド、ウクライナ、ルーマニアに逆L字型で分布しており、第一次世界大戦中にはオーストリア軍とドイツ軍がロシアを攻めるためここを越えようとしたが、険しい冬に行軍を行ったためロシア軍と戦う前に80万人の兵士を失い、迂回を余儀なくされたこともある。なお、ルーマニア領に含まれる部分を特にトランシルヴァニア山脈と呼ぶことがあり、トラン
シルヴァニアが長らくハンガリー領であった要因のひとつとしてこの山脈がある。
 ・アルデアル(Ardeal):前述の通り、トランシルヴァニアのルーマニア語名。1918年の12月1日にルーマニアへの統一宣言が行われた(↑の『第一次世界大戦後』を参照)が、この日は現在記念日になっている。
11世紀にハンガリー領となったため、今でも「ハンガリー固有の領土」として返還を求める声がないわけではないが、11世紀以前はトラキア(ルーマニア)として扱われた土地であるし、そもそハンガリー人自体がアジアからの入植民族であるので正直何ともいえない。申し訳ないが大ハンガリー主義はNGだ。(三度目)
 ・アルバ:現在のアルバ県の県都であるアルバ・ユリア(Alba Iulia)のこと。上記の1918年12月1日の宣言がかの地で行われたことによる。後に続く「国家全ての民衆が統一に同意した」もこのことである。
 ・自然な連合:原語では Freasca Unire で、英語では the Natural Union に相当する。トランシルヴァニア統一の文脈でよく使われる半ば歴史用語的なもので、ルーマニア人の居住地が全て統一された、ルーマニア人国家として「自然な連合」といった意味合い。
 ・モルドヴァ(Moldova):ルーマニア北東部、ウクライナ領ブコヴィナ、そしてモルドヴァ共和国領の総称。モルドヴァ共和国もまた本来は上記「自然な連合」の一員であり、1859年にオスマン帝国の影響下にありながらも統一したルーマニア公国が成立して以降、ルーマニアの一部であった。
細かい話をすると、1806年の露土戦争にロシアが勝利した結果、オスマン帝国は自己が支配下に置くモルドヴァ公国の一部をロシアに割譲した。この割譲された部分を「ベッサラビア」と呼ぶ。
割譲されずに残ったモルドヴァ公国領は1859年にルーマニア国(ワラキア公国という俗称で呼ばれることが多い)と統一されルーマニア公国となる。
ロシア帝国に割譲されたベッサラビアは1918年ロシア革命後に独立を宣言し、第一次世界大戦後にルーマニア王国に合流する。ここでモルドヴァは60年ぶりに統一することになるが、1944年にかつての「ベッサラビア」がソ連によって占領され、モルドヴァ・ソヴィエト社会主義共和国としてソ連邦の一部になる。これが1991年のソ連崩壊により独立したものが、モルドヴァ共和国である。
 ・ムンテニア(Muntenia):ルーマニア南東部の地方。ルーマニア領には逆L字型でカルパチア山脈が走っており、この山脈の北西側(ハンガリー方面)がトランシルヴァニア(アルデアル)、南西側がオルテニア、南東がムンテニア、北部及び東部がモルドヴァである。歴史的に、オルテニアとムンテニアを合わせた地域を「ワラキア」と呼び、1859年まで存在した国家をワラキア公国と呼ぶことがあるが、ワラキアというのは「ヴラフ人の国」という意味で、西欧の諸外国がヴラフ人(東方民族の総称)の国という意味でワラキアという名で呼んだのが始まりである。つまり、ルーマニア人自身がワラキアを自称したわけではなく、自称したこともない。
ワラキア公国と呼ばれる国家もルーマニア語では「ルーマニア国(Țara românească)」と自称していた。

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20 окт 2024

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Комментарии : 30   
@クマガイカン
@クマガイカン 4 года назад
ちなみに第一次大戦でルーマニアが参戦した時の作戦名は 「ハイポネシス・ゼータ」 強そう(小並感) なお結果
@イルカングスキー-b2t
@イルカングスキー-b2t 3 года назад
嫌な…事件だったね… 二次大戦…スターリングラード…鉄衛団…うっ、頭が…
@バルカンボールイギリス連邦加盟
@@イルカングスキー-b2tドイツ軍でもウラヌス作戦は察知できなかったからルーマニア軍じゃなくても突破されてた😡
@わいだぶ
@わいだぶ 6 месяцев назад
@@バルカンボールイギリス連邦加盟 側面の師団がドイツ軍だったらきっとウラヌス作戦は失敗してたはず😡😡😡😡😡 我らの精鋭軍を失う原因となったルーマニアは腹を切るべき😡😡😡😡😡
@shutagomamonngara7429
@shutagomamonngara7429 3 года назад
この曲のおかげで家族団欒できました!あと第一志望に受かりました!この曲には感謝しかありません!
@user-xs7qy6uz8n
@user-xs7qy6uz8n 2 года назад
スゲェナソウゼツダナ
@user-HUTOMAKIMAKI
@user-HUTOMAKIMAKI Год назад
ベネッセの漫画で草
@mashallah9933
@mashallah9933 4 года назад
またソ連やセルビアとは違う醍醐味がある。
@rx0852
@rx0852 4 года назад
ルーマニア国歌といい、何故か惹かれる物があるよね
2 года назад
You honor us, guys. Respect from Romania!
@斯波-d3g
@斯波-d3g 4 года назад
やっぱり東欧の軍歌はいいですなぁ...
@FakeMirin
@FakeMirin 4 года назад
おお、この曲が来るとは。和訳感謝!ルーマニアだとDrum bunも良いですね。
@szshumoku
@szshumoku 4 года назад
ルーマニアはロマン
@user-ud8fi6
@user-ud8fi6 4 года назад
ルーマニアの曲はなんでもかっこいい(異論は認めない) 概要欄は気が向いたら読んでみるぞ
@bogdan.623
@bogdan.623 4 года назад
Yooo, I'm from there :), not that anyone cared.
@Н005
@Н005 4 года назад
うぽつです。 心なしか、出だしがルーマニア国歌のメロディに聞こえる()
@はもー-t2j
@はもー-t2j 4 года назад
こんなに長い概要欄初めて見た…勉強になったしありがたいけど。
@趣味者-w4d
@趣味者-w4d 4 года назад
ルーマニアっていいよね。 チャウシェスク?知らないなぁ。
@Georges_jp
@Georges_jp 3 года назад
ハンガリーはキレていい
@竹内-i1p
@竹内-i1p 4 года назад
待ってた 概要欄やっぱり、、、、、
@shark6050
@shark6050 4 года назад
おお!久しぶりの投稿! そして相変わらずの概要欄の語録と博学… ЛюбэのКомбатの和訳お願いできませんかねぇ… 頼むよぉ…
@dariussalepetru6770
@dariussalepetru6770 9 месяцев назад
Trăiască România 🇷🇴💛
@shimakaze_maru_maru
@shimakaze_maru_maru 4 года назад
うぽつです。今回はルーマニアですか。
@helapwklapq4794
@helapwklapq4794 2 года назад
ルーマニア軍歌?と言えば"Drum Bun"かな~やっぱw
@恥知らずはデフォルトです
概要欄勉強になるなあ
@匿名性-q3w
@匿名性-q3w 4 года назад
久しぶりの初投稿とかいう矛盾
Далее
【ソ連軍歌】航空行進曲【日本語字幕】
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フニクリ・フニクラ    Funiculì funiculà
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