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光源氏は、なぜ謝らないのか?【意味がわかるとナニゲな日本史】私はぜんぜん悪くない~平安貴族の常識「仏教本位制」 

歴史観測
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平安貴族は、謝らないんです。私は悪くない、私のせいではないと考えている、ということです。
光源氏の恋人に六条御息所という女性がいました。皇族です。六条御息所は、物語中盤で亡くなって死霊になり、光源氏最愛の人とされる紫の上が重体になった時に物の怪としてとりつきます。六条御息所は、その理由をこう言っています。
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「中でも、存生中に人より軽くお見下げなされて、捨てておしまいになりましたことよりも、思う方とのお物語の折などに、私のことを憎らしい嫌な人間であったように、仰せ出されました恨めしさ、今はこの世にいない者だからと御勘弁なすって、他人が悪口を言うような時でも、それを打ち消し、庇うようになすってこそと、思いましたばかりにかような忌まわしい身になりまして、こんな祟りを働くのでございます。」
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生きているときにもひどい目にあったけれども、なにも死んだ後までバカにしなくたっていいじゃないか、と言っています。
それに対して光源氏の態度はこうです。
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‐現世の人間でいらしった時でさえ不気味な所のあったおん方の、まして今では別な世界に生を受け、怪しい変化の姿をしておいでになるのを思いやり給うと、ひどく疎ましくなりますので、
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 なんという言われ方でしょうか。だいたいからして光源氏の栄華の極みの象徴である六条院、東京ドームよりも広い敷地の大邸宅の敷地の少なくとも四分の一はもともと六条御息所のお屋敷だったんです。御息所の娘を後見して帝に嫁がせて、秋好中宮と呼ばれる中宮に仕上げたことで手に入れた敷地です。にもかかわらず、光源氏は、さらに、こんな態度です。----------------
‐中宮のお世話をなさるのまでが今はもの憂く、詮じつめれば女というものは皆罪障の基になるものなのだと、なべての世の中が厭わしくおなりになる。‐
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 もう、徹底的に御息所が悪い。光源氏はそう考えているわけです。
 実はこれには、ちゃんとした理由があります。当時の平安貴族の心理のよりどころは仏教ですから、物の怪になった以上、やはり御息所が悪いんですね。
源氏物語の現代語訳の傑作に橋本治の『窯変・源氏物語』がありますが、橋本治は、こうした平安貴族の心理状態を仏教本位制と呼びました。当時は仏教とは言わず仏法と呼んでいたわけですが、仏教本位制というのは、仏教の教えからはみ出ることなく判断をあえて停止して生きる、という姿勢です。
 当時の平安貴族がどれほど仏教に頼っていたか、それは、御息所の物の怪が言うセリフでわかります。
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「斎宮でいらっしゃいました時のお罪が軽くなるように、功徳を積むことを必ずお忘れなさいますな。残念なことでございました。」
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 御息所の娘、後の秋好中宮は、12歳からの10年間ほど、伊勢の斎宮を務めました。斎宮というのは天皇に代わって伊勢神宮に仕える皇室女性のことです。斎宮を務める期間は、仏教にまつわること一切から離れることになります。御息所は娘のそんな状況、つまり仏教から離れていた時期のことを「罪」であり「残念」だったと言っているわけです。
 この仏教本位制こそが、「平安貴族は謝らない」、そのおおかたの理由です。キーワードは「宿世」あるいは「前世」です。
 光君はスーパーマン的なキャラクターですから、これはもう極端に謝りません。わかりやすく説明するために、柏木という登場人物の謝らなさ加減を見ていきましょう。柏木は、光源氏の親友であり、一番目の妻・葵上の兄である頭の中将、この頃はもう出世して太政大臣になっていましたが、その息子です。
 源氏物語中、最も事件らしい事件を起こすのが柏木です。帖の名前で言うと、若菜・上の終盤あたりで登場し、若菜・下を経て柏木という名の帖が次に続きます。
 柏木は、光源氏の妻である女三宮を寝取り、子を生ませます。この子どもが後、宇治十帖の主人公となる薫です。
 柏木の事件当時の状況を説明しておきましょう。
 光源氏は46、7歳です。准太政天皇の地位にあり、朝廷の全人事権を掌握する、皇室外戚の最高権力者です。六条院に関係した女性たちのほぼすべてを住まわせています。六条院の女王は紫の上です。
 そしてそこには、光源氏の兄である朱雀院から後見を頼まれた朱雀院の三女・女三宮が嫁いできています。
 六条院の女王は実質上は紫の上ですが、身分の上では女三宮が、なにしろ内親王ですからはるか上に位置します。紫の上の寿命を縮めた心痛の理由であるとされています。
 この状況を背景にして、柏木が事件を起こします。柏木の年齢は、光源氏の息子である夕霧の少し下の設定なので24、5歳といったところでしょう。
1) 女三宮(事件時ハタチそこそこ)の居室から子猫の唐猫が逃げた拍子に誤って御簾が上がり、蹴鞠をしに訪れていた柏木が女三宮の姿を垣間見てしまい、恋を患います。
2) 光源氏には最愛の紫の上がいて、女三宮は大事にされておらずに辛い思いをしている、と柏木は心理的アリバイを自らの心に醸成します。
3) 柏木は女三宮の女房のひとり(小侍従)に、女三宮の寝室に手引きをするように伝えるが叶いません。柏木は一計を案じて女三の宮が可愛がっている唐猫を手に入れ、残り香を頼りに女三宮の身替りとしてその猫を可愛がり、さらに思いをつのらせます。
4) 紫の上が病気になり、六条邸から二条邸に移されて、光源氏はその様子見のため留守がちになります。
5) しつこい柏木に小侍従がついに折れて、女三宮の寝室に手引きしてしまいます。柏木は女三宮の寝室で猫の夢を見ます。猫の夢は懐妊の象徴という説と不吉の象徴という説とあります。
6) 女三宮が妊娠します。柏木は盛んに文を送りますが女三宮は光源氏にばれることを恐怖して会おうとはしません。
7) 光源氏が柏木の文を見つけ、ことの一切を知ります。朱雀院の五十の賀の楽奏の用意にかこつけて柏木を六条に呼び、無理やり酒を飲ませなどします。柏木は笛の名手でした。
8) 柏木は、光源氏に酒を無理やり飲まされた晩から危篤状態となります。
9) 女三宮は男子を出産し、その直後に父の朱雀院に頼み込んで出家します。
10) 柏木が死にます。
 だいたい二年ほどの間の出来事です。女三宮が出産した男子が光源氏の子ではないことを知っているのは、女三宮本人と、柏木の乳母と、光源氏の三人のみでした。
 さて、柏木の事件は、柏木が我慢すれば何も起こらなかったわけです。
 ところが、我慢をしなかった理由というものがあるんですね。女三宮に向かって柏木はこんなことを言います。
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「やはりこうして逃れられない深いおん宿世があったのだとお諦めなさいませ。自分ながらも正気ではなかったような気がいたします。」
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 自分は悪くない。宿世、つまり前世からの因縁であって、決まっていたことなのだ。柏木はそう言うんです。
 現代的に言えば運命だ、ということになるんでしょうけれども、実はここには大きなからくりがあります。
 柏木は女三宮にこんなことを言います。身体をひき寄せるための口説き文句です。
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「年月が立つほど、口惜しくも、辛くも、恐ろしくも、悲しくも、さまざまに深く思いがまさりますのに怺えかねまして、こう、身のほどを知らないところをお目にかけましたものの、思慮の足りない、申しわけのないことだとは存じておりますので、もうこれ以上罪な心はさらさらないのでございます。」
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 自分が悪い。それはもう知っているから、これ以上、悪いことはしない。何もしないから身をまかせてくれ、と言っているんですね。こういう口説き方も当時のステレオタイプで、これこれこういうわけだから何もするわけないじゃないか、と言って抱き寄せるのが定石なわけなんですが、柏木のユニークなところは、この口説き文句の中に「申しわけのない」という意味が入っているところです。これは、謝罪の言葉であることはあるんですね。
 柏木は、こういうときには申しわけないと考えるものだ、自分には他にやりようがあったと考えるものだということを、ちゃんと知っていました。とはいえ、結論は「逃れられない深いおん宿世があったのだとお諦めなさいませ」なのです。
 これはまったく、文字通り、仏教本位制という制度の利用です。
 何のために利用するのか。世の中の安定のためにです。
 宿世という共通認識で、以降に何が起ころうが、すべては宿世ということで了解され、争いごとにはならずに静まっていくわけです。
 もちろん柏木は、積極的に、世を欺くといった態度で利用しているわけではありません。生活の知恵といった方がよほど正しくて、口説き文句の中では謝ってもいいけれども、核心のところでは決して謝らずに宿世ということにするんです。謝罪や反省は、時と場合によっての世過ぎのテクニックに過ぎません。
 言ってしまえば、人のすべての行為は、宿世という言葉であらかじめ世界から許されてしまっているのです。これが平安貴族の仏教本位制の核心です。
 源氏物語に登場する「宿世」というものが、仏教の本来的な意味・意義の宿世、と同じものであるかどうかはわかりません。しかし少なくとも、源氏物語の、特に柏木にまつわる話に登場する宿世は、現世に生きる人間の安全保障のために使われていることは間違いありません。
 謝ってはいけないんですね。自分だろうが他人だろうが、今そこにいる人間に責任を負わせてはいけないんです。すべて「宿世」で飲み込んでいくのが平安京の世の安定というものだったようです。
 このことはもう、源氏物語のしょっぱなに出てきます。桐壺更衣を寵愛して宮中が混乱したことについて、桐壺帝はこういうふうに言います。
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自分はいささかでも人の気持ちを害(そこの)うた覚えはないのだけれども、ただこの人(桐壺更衣)がいたために、恨まれないでもいい人たちの怨みを負うたとどのつまりは、こんな具合に一人あとに残されて、心を取り直す術もなくて、いよいよみっともなく、頑なになったのであるが、前の世でどんな約束がしてあったのか知りたい。
引用
『潤一郎訳 源氏物語』(谷崎潤一郎、中央公論社)
一部音声
VOICEVOX:ずんだもん
参考
『物語音読論』玉上琢彌(玉上琢弥)、1955年
図版参考
『源氏物語』(東京大学総合図書館所蔵)
国宝源氏物語絵巻
誠心堂書店ウェブサイト
サムネール画像/1951年公開映画「源氏物語」(監督・吉村公三郎、大映)より(public domain)

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Опубликовано:

 

16 сен 2024

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Комментарии : 4   
@やまとのヒメなでしこ
私は、あくまでも小説と見なすから、長編小説ですと
@rekishi-kansoku
@rekishi-kansoku Год назад
やまとのヒメなでしこさん、コメントをまことにありがとうございます。
@やまとのヒメなでしこ
😞👾⛩🗼🏢🏝🏔仏教は釈尊の教えですが、物語の中では、ごまかしているのは、小説だからです。
@やまとのヒメなでしこ
ひーかるげんじのよあそびはいみじゅうおかしというけれど おいらにゃいみじゅうわからねえ いやーなこてんはやめまえ  こんな歌があった普通科生徒の学校出身です。アハハハハ・・・・。こんな歌を各教科で作った亜英とは、明治か大正時代の生徒でしたよ。おそらくは、東大でもストレートに入学できたのでは?🌍🏜🏡🏢🏰⛺💈🚋🚙🕑🕣🌖🌟
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