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賤ケ岳の戦いが起こるまで&戦いの経緯  

かしまし歴史チャンネル
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#賤ケ岳の戦い #歴史 #解説
※概要
ドラマでは、あまり描かれなかった賤ケ岳の戦いが起こった経緯と、戦いそのものの推移について、佐久間盛政の活躍や、秀吉の美濃大返し、前田利家の戦線離脱など、ざっくり紹介しています。
2023年、NHK大河ドラマ「どうする家康」解説動画です。
メンバーシップやってます。
/ @kashimashi_rekishi_ch
Twitterで配信情報とか配信前のネタをフライングでつぶやいてます。
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▼エンディング曲
お祭り太鼓 (feat. マニーラ) / Stardom Sound
(P) & (C) Star Music Entertainment Inc.
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10 авг 2023

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Комментарии : 72   
@kk-uc4wt
@kk-uc4wt 9 месяцев назад
やっぱりご存知でしたか! 私も戦国鍋TVハマってました〜☺︎
@yh3373
@yh3373 10 месяцев назад
戦国鍋TVの話出て嬉しかった! あの番組にハマってたから。
@user-nu5we6dc2j
@user-nu5we6dc2j 10 месяцев назад
七本槍の話出てきた瞬間、あの歌を鼻歌で歌いながら見ていたら 戦国鍋の話出てきて笑ったw 七本槍は鍋の後継の番組炒飯TVでも 名前だけまだアイドル続けていたみたいに出てきましたね
@PeonyMusic
@PeonyMusic 11 месяцев назад
戦国鍋TVのミュージックトゥナイトで賤ヶ岳七本槍のメンバーと天正遣欧少年使節のメンバーの名前を覚えました😁✌
@user-hg4sp6bi6b
@user-hg4sp6bi6b 11 месяцев назад
やったー🎉 鮮度抜群に拝聴しました❤😂
@suesanR21
@suesanR21 11 месяцев назад
素晴らしくわかりやすくてツッコミも面白くて最高でした
@taisei2988
@taisei2988 11 месяцев назад
葵徳川三代の片桐且元が めっちゃ好きでした😢 史実とは違うかもですが
@nekopunch2222
@nekopunch2222 11 месяцев назад
葵徳川三代の小林稔侍さんが演じた片桐且元が印象に残っています。ドラマでは家康に庇護されてたのに最期自害し悲しい展開だったのをおぼえています。
@user-hw8ko9oc9y
@user-hw8ko9oc9y 11 месяцев назад
前田利家は娘を北の庄に人質として差し出してましたね。後に秀吉の側室になってますね。
@cancan5892
@cancan5892 11 месяцев назад
柴田勝家は、ある意味純粋な人だったと感じます。武勇に優れていたけれど、秀吉のような術策に長けていない他人を信じやすい性格だったと思います。だからこそ、清須会議の結論の合議制が機能すると思い、本国北陸に戻ったのでしょうが、秀吉はもっとずる賢かった。あまりに正攻法で織田家を存続させることを優先し過ぎて、時代の大きな潮目、推移を見極められなかったのが、敗因だと感じます。前田利家は彼との板挟みになりながらも、家中のため秀吉側につくという苦渋の決断をしています。戦国大名としては、この選択が家中や家臣のためには正しかったと思います。落城時、自分に最後まで付き従った家臣らと酒宴を開いた勝家の心境を考えると、無念であったろうと思います。 片桐且元は、どの大河ドラマか忘れましたが、小林稔侍さんの演じた役柄が、一番印象に残っています。
@user-yv4bo1gb9l
@user-yv4bo1gb9l 11 месяцев назад
利家とまつの賤ヶ岳が好きだった
@user-hy3xt9lv2o
@user-hy3xt9lv2o 11 месяцев назад
賤ヶ岳の戦いは、歴史で習ったり、大河ドラマ利家と、まつみたりしました。もちろん今回の、どうする家康の、お市さん役北川景子さんは、綺麗でした。北川景子さんの、お市さん役は、素敵でした
@momopopo.
@momopopo. 11 месяцев назад
こんばんは。 人物像が無言で会話(HAHAHA)できてしまえる信雄さん、スゴすぎです。
@user-hg4sp6bi6b
@user-hg4sp6bi6b 11 месяцев назад
戦国鍋テレビ 見てた❗️ 嬉しい❤
@user-sh6fe9qj6q
@user-sh6fe9qj6q 11 месяцев назад
滝川一益さんが、そんなに頑張っていたなんて‥ラットさん同様、私もお詫びしなくては‥😓 こういう頑張ったのにスポットライト浴びてない人まだまだいそうですね💦今日もありがとうございました🙏❣️
@kanna9830
@kanna9830 11 месяцев назад
片桐且元は、戦後鍋TVの「シズガタケの七本槍」の歌詞でも名前だけのあっさり紹介でしたね笑
@akihirononaka3851
@akihirononaka3851 10 месяцев назад
滝川一益の清須会議への遅刻についは、映画「清須会議」で面白~く描かれていた。勿論、事実かどうかは? 家康は「富士漫遊」辺りから「狸化」が始まり、「伊賀越え」で完成した。「見るべき程のものは見つ」。お三人のおしゃべりのみ、時々覗きます。
@user-xo9di5lq4q
@user-xo9di5lq4q 11 месяцев назад
大河ドラマで今回お江は影薄めで勝家さんとも家康さんとも関係があまり見れなかったなぁ、のちに秀忠と結婚して、御台様で唯一跡取りを産んだすごい人だから茶々みたいに大々的に取り上げてほしい。
@user-rm7yk9su1h
@user-rm7yk9su1h 10 месяцев назад
「おごう」様は、全ての面で 今の日本人のなかで最高の身分を称号されたお方ですねー
@user-fs1qf7yw3p
@user-fs1qf7yw3p 11 месяцев назад
滝川一益、確かに影が薄いんですよね。 そして、その滝川一益が本拠地とした伊勢(現在の伊勢市じゃなく、伊勢國)も影が薄い。 元々、名家である北畠氏が治めていたし(北畠氏自体の影が薄い)、信雄は北畠氏、信孝は神戸氏の養子として伊勢に入ったし、長島は滝川一益以前に信長と長島の一向宗が戦ったりと、そこそこ戦国時代有名人と絡んでいるのに影が薄い! 三重県出身としては、なかなか悔しいところです。
@kashimashi_rekishi_ch
@kashimashi_rekishi_ch 11 месяцев назад
このころから三重は名古屋に押され気味?www
@TS-xw9vp
@TS-xw9vp 11 месяцев назад
滝川一益は甲賀出身だったから、あまり人目に付く事は控えていたのかもね。 それと、北畠家ですが、南北朝時代の南朝方の有力武将、北畠顕家は「花将軍」と呼ばれる程の若き将軍で、「風林火山」旗も顕家が最初に用い、奥州で北条の残党征伐中に足利尊氏が再び西国から畿内に進軍したと聞くと、陸奥国から畿内までの約600Kmを半月で引き返す中国大返し以上の強行軍をしました。 また、織田信雄に謀殺された北畠具教は塚原卜伝に師事して新当流の秘伝・一の太刀を受けた剣豪でした。(足利十三代将軍・義輝とは兄弟弟子の関係だったと思います。) 伊勢の国にやって来た上泉信綱に大和の柳生宗巌や宝蔵院胤栄を引き合わせたのも、北畠具教だったと言われてます。 まあ、運や時代が悪かった、と言えるかも知れませんが、三重ゆかりの武将も中々の者ですよ。
@user-fe9pq4zp7j
@user-fe9pq4zp7j 11 месяцев назад
伊勢神宮があるからいいじゃないか。。
@user-fs1qf7yw3p
@user-fs1qf7yw3p 10 месяцев назад
@@user-fe9pq4zp7j せめて「伊勢神宮」でなく、「神宮」もしくは「“伊勢の”神宮」でお願いします笑 伊勢神宮ってのは通称で、正式名称はシンプルに「神宮」なんですよ。 明治神宮とか熱田神宮とか“神宮”を称する他の神宮とは別格の唯一無二、地名をつける必要のない神宮ってことで。
@user-fs1qf7yw3p
@user-fs1qf7yw3p 10 месяцев назад
@@kashimashi_rekishi_ch 「尾張名古屋は城でもつ」だけを知っていて、元ネタを知らない人が少なくないんですよ。 本来は「伊勢は津でもつ 津は伊勢でもつ 尾張名古屋は城でもつ」という伊勢音頭ありきなのに…。 だから、天むすも赤福も名古屋に奪われがちなんですよね(赤福は大阪名物と思い込んでいる関東民もいました!)。はあ。
@baha1990ma
@baha1990ma 11 месяцев назад
滝川一益の武勇は結構すごいなあと再度実感しました。
@pomelove9502
@pomelove9502 11 месяцев назад
織田の重臣の中では明智や羽柴と同様に外様の叩き上げですから、さぞ有能だったんでしょうね
@michiakiyogata4779
@michiakiyogata4779 11 месяцев назад
滝川一益、「戦わないでいいです」どころか、条件さえもう少し良ければそうそう負けないぐらいの有能な人物だったのでは?
@kurukiti5421
@kurukiti5421 11 месяцев назад
茶々が成長して、淀君になった時、誰が演じるのか気になります。何か、北川景子さんが再び登場かとも言われていますが。
@user-hy3xt9lv2o
@user-hy3xt9lv2o 11 месяцев назад
北川景子さん二役に、期待です‼️
@YY-qt5uh
@YY-qt5uh 11 месяцев назад
佐久間信盛の従兄弟の子供なので和田っちの子孫2号ですね
@user-ms4zf4im4v
@user-ms4zf4im4v 11 месяцев назад
私が子供の頃に、美濃から尾張に引っ越すのは【身の終わり】で縁起が悪いと嫌がられるおじいちゃんとか居ましたなぁーーー懐かし(笑)
@madame_yon
@madame_yon 10 месяцев назад
豊臣秀吉の移動の早さの話題が出る度に、兵糧はどうしてたんだろうと思う。後方支援部隊(食糧調達等)存在してたのかな。それとも各々現地調達?
@user-yz2sr6zk8j
@user-yz2sr6zk8j 10 месяцев назад
今回、茶々の初登場と真田の上野問題が 同じ会で描かれたのは、偶然でしょうか。それとも、○○の陣目指してのことでしょうか。さあ、どっち?!
@mayomt2807
@mayomt2807 11 месяцев назад
織田信雄さん、叔父の有楽斎さんと似て文人肌なんですかね。叔父さんより影は薄そうですね🥴
@xbbh5116
@xbbh5116 10 месяцев назад
配役で、淀殿=北川景子説があるけれど、茶々役の女優さんでも十分いけそう、というのは同感。 今回の茶々の愛憎だけど、「茶々は浅井長政の娘ではない説(次女が「初」だからという、資料的に見ると荒唐無稽な説ではあるが)があるので、それを採用したらどうだったろうと思った。 市が家康に思いを寄せていた設定と合わせて、家康が一度だけ市の思いに答えて結ばれ、そして生まれたのが茶々だった、とか。 「母親の想いびと」というのはただの憎悪になるけれど、「憎き父」との戦いが大坂の陣だった、と考えただけで、、、、、、 家康も、最後の敵が、娘と孫となれば、まさに「どうする」にふさわしいなあ、とか。
@user-gb3ow9um3u
@user-gb3ow9um3u 11 месяцев назад
滝川一益、実は優秀な武将です。信長から関東管領に指名されて北条と対峙したり、秀吉からスカウトを受けるなどはその証左でもあります。
@giantnioinoba2023
@giantnioinoba2023 11 месяцев назад
「利家とまつ」では、利家の戦線離脱は勝家も半ば黙認してなかったかな?「秀吉のとこに行っても構わん」みたいな。。。 片桐且元はやはり小林稔侍さんだよねぇ。豊臣家での居場所がなくなり、夏の陣では徳川方になるけど、豊臣家滅亡後に殉死するも、津川家康は病死の届け出を了解し、片桐家の存続を認めるのです😢
@user-nj7cj9pd2m
@user-nj7cj9pd2m 11 месяцев назад
でも、佐々と不破の本王子以前に勝家の与力やってた連中はどうなったんだろう?
@user-bt3qj3qx9o
@user-bt3qj3qx9o 10 месяцев назад
佐久間盛政サンのお墓が愛知県は三河の西尾のお寺にあります。京都で亡くなった後 鈴木サンって言う人が、地元の西尾でお墓を作って供養していたようです。
@user-lp9vh6xs8i
@user-lp9vh6xs8i 10 месяцев назад
賤ヶ岳の合戦における柴田方の敗因は、前田利家・利長父子の敵前逃亡だった!? by伊那波晴洋 でググれ!
@jiachan15113
@jiachan15113 11 месяцев назад
ダメダメだと よく言われる織田信雄ですが、信長の子孫の中で 大名として存続したのは 信雄の系統だけですので… 家を保つことができたことは評価されても良いんじゃないかなぁ、と思います。
@user-ds1ne6sm8n
@user-ds1ne6sm8n 11 месяцев назад
賤ヶ岳の七本槍知りたいです。片桐且元は可哀想😢😢 今回の総大将お市説! なるほど!ありかも!でした。 衣装もカッコ良かったですよね
@36936636
@36936636 10 месяцев назад
柳ヶ瀬と聴くと「柳ヶ瀬ブルース」を想像してしまう(笑)
@katayamamakoto
@katayamamakoto 11 месяцев назад
信孝を立ててに岐阜を拠点にして戦ったら、伊勢の滝川とも連携し易く勝ち目があったかも。
@user-md7zg8ye8f
@user-md7zg8ye8f 11 месяцев назад
歴史学者の河合敦さんが言ってたんですけど 美濃大返しは秀吉が佐久間盛政を誘い出すためにわざと50キロも離れたところまで出撃したのではないかと 秀吉の早すぎる帰還と前田利家の離脱で柴田軍が崩壊したのは秀吉の思惑通りだったと
@user-fz3gp2oe9b
@user-fz3gp2oe9b 11 месяцев назад
伊勢の戦いは賤ケ岳の前哨戦扱いであまりメジャーではないですが、 2006年大河の「功名が辻」で、五藤吉兵衛が討ち死にしたので覚えてます 演じたのは武田鉄矢さん ここで死ぬから吉兵衛役を引き受けたそうな。。。
@hirochandosue2
@hirochandosue2 10 месяцев назад
滝川一益さん、本能寺の変の後は連戦連敗だったのですね。それまではほぼ常勝だったので、その変化が激しいですね。
@user-np2qk4mu1p
@user-np2qk4mu1p 11 месяцев назад
勝家は負けた側なので、証拠はあまり残ってないでしょうけど、策謀的に動けなかったのは、かつて信長の弟の信勝側についた負い目があるんじゃないでしょうか⁉️
@kenhisayosi
@kenhisayosi 11 месяцев назад
今日も楽しい解説ありがとうございます😁なんか今回のどうする家康の中では柴田勝家さんは裏切り者のせいで負けたみたいになってるけど全部前田利家さんが悪いことになってるのかな😂そんな明確に裏切った感ないようにも思えるのですが・・・。滝川一益さんの話が出ていましたけど、滝川一益さんの陣営に前田利家さんの親戚の前田慶次郎さんもいたんですよね。どんな活躍したのか全然知らないのですが😅😅
@user-ge6ht5xh7k
@user-ge6ht5xh7k 11 месяцев назад
そもそも前田慶次は滝川家出身なのじゃよ
@user-bs7zc8dr5d
@user-bs7zc8dr5d 11 месяцев назад
盛政は討ち死にしてないですよー
@yukosugihara9778
@yukosugihara9778 11 месяцев назад
猛暑日続きの中動画アップありがとうございます🙋 今日お話されていた事柄で思い出す大河ドラマは利家とまつ。 主人公補正が掛かるので裏切り部分がかな~り補正強めでしたが 勝家役の松ケンさんとお市役の田中美里さんがめちゃくちゃ良かった。しかも今作と同じく茶々が秀吉の事を最初からサクっと受け入れる茶々キャラだったのでちょっと驚いた記憶があります 家康ドラマだから仕方がないけどもうちょっと戦や戦の駆け引き部分もみたいなぁーと思うこの頃のどうする家康😟
@user-xm6kb4pz2p
@user-xm6kb4pz2p 11 месяцев назад
こんばんは
@user-xm6xe1pt1h
@user-xm6xe1pt1h 11 месяцев назад
賤ヶ岳七本槍のエピソードも解説、お願いします。
@user-ob7ew4vs7s
@user-ob7ew4vs7s 11 месяцев назад
伊勢亀山城攻めは功名が辻で扱われていましたね。五藤吉兵衛の退場には泣きそうになりました
@giantnioinoba2023
@giantnioinoba2023 11 месяцев назад
武田鉄矢さんは、大河だとどれもいいですね。「徳川家康」での秀吉は、「この武田ってヤツはよくやってる」と自画自賛してます😅 それから「太平記」の楠木正成は神でしたよw
@user-hy3xt9lv2o
@user-hy3xt9lv2o 11 месяцев назад
私も、泣きそうなった。
@zenzakki9535
@zenzakki9535 11 месяцев назад
今回、「なるほど」と思ったのは、茶々の心情ですね。従来は気位がたかくて最後の最後まで家康と対立して、結果として豊臣家を滅ぼした、というような描かれ方だったけど、どうする家康では、お市の方がひそかに家康のことを頼りにしていたのにそれにこたえられなかった家康に対する、一の方の娘としての「恨み」という伏線をはっていて、なかなかうまい持っていき方、と感心しました。
@MISA-hx4ny
@MISA-hx4ny 11 месяцев назад
今日もお話ありがとうございます😊 安土城は光秀さんに燃やされてなくなったと思ってましたが、なくなったのは天守だけだったのでしょうか? それと、いろいろ面白い名前をつけられていた信長さんの息子達、信忠、信雄、信孝はよく出てきますが、他の兄弟のその後が知りたいです。秀吉倒す!という感じの他の弟ちゃんはいなかったのでしょうか😅
@user-rm7yk9su1h
@user-rm7yk9su1h 10 месяцев назад
「七本槍ではなく」しちほんやり、と学者の先生方は、話されました~ 賤ヶ岳の観光ボランティアさんは本当は9人だったけど…日本人は、7の数字が好きだからと…
@arihaya
@arihaya 10 месяцев назад
賤ヶ岳は家康がほぼ関与してないのでなんならナレーションだけでも納得でしたが、 天正壬午の乱がうっすすぎて残念でした
@user-fm6id8je9s
@user-fm6id8je9s 11 месяцев назад
家臣達がバチバチだけれどでもやっぱり息子達が互いに対立することを考えてる時点で織田家はもう終わりですよね
@dewa1242
@dewa1242 11 месяцев назад
秀吉と勝家は水と油みたいな関係だったのでしょうね
@user-gh8nr1ec4i
@user-gh8nr1ec4i 10 месяцев назад
最近、大河や時代劇見始めたのは刀剣乱舞に出てくる刀剣達の持ち主が登場するかも?!という密かな期待があるからなんですよ……
@user-mh4lp8lc5h
@user-mh4lp8lc5h 11 месяцев назад
秀吉と仲達は神速で天下をとれた感じですね
@user-lm2vj7kx3t
@user-lm2vj7kx3t 11 месяцев назад
賤ヶ岳の前田利家、寝返り方が鎌倉殿の平六っぽいわ。
@user-vf4nc7ob8e
@user-vf4nc7ob8e 8 месяцев назад
大名じゃないよ平野長泰 糟屋武則と片桐且元↑♪ We are~ we are~ 七本鎗~♪😂
@pomelove9502
@pomelove9502 11 месяцев назад
NHKの歴史大実験で美濃大返しが実現可能か検証してましたね。 シミュレーション上では、いかに人の渋滞を起こさないように行軍させるかがポイント…と専門家に言われてました。 また4~5人のランナー(経験差あり)で実際の道のりを走ってましたが、ゴールできたのは僅かに一人か二人であとは残念ながら脱落でしたね。しかもゴールした人もタイムは秀吉軍より遅れてました。 現代の舗装された道でもなく、武具や甲冑はしてなかったにしても到着して早々に戦闘してるなど、現代でもなかなかに再現が難しい戦い神業だったのかもしれませんね
@user-gb3ow9um3u
@user-gb3ow9um3u 11 месяцев назад
ははは、なにしろ一部の人から「のぶお」呼ばわりされている凡将ですからねぇ。😂
@user-fb7kc3fu2u
@user-fb7kc3fu2u 11 месяцев назад
織田信孝が大人しい人だったら歴史は大きく変わっていたかもしれない
@user-mh4lp8lc5h
@user-mh4lp8lc5h 11 месяцев назад
「姉上!皆が私の事を織田のブタダと言うのですよ」「あなたはましなほう私など五徳よガスコンロじゃあるまいし!」名前が原因では?
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Еду за гитарой…
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大坂夏の陣 豊臣の滅亡
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