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【大蔵合戦】源氏と鎌倉幕府【ゆっくり歴史解説】 

ゆっくり歴史ばんびぃ
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6 окт 2024

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Комментарии : 22   
@MYOSHIDA-wq7wb
@MYOSHIDA-wq7wb 5 месяцев назад
松ケンの「平清盛」が見たくなりました!
@yukkuribanbii
@yukkuribanbii 5 месяцев назад
コメントありがとうございます! 松ケンの「平清盛」、なかなか攻めた内容で面白かったですよね。 あのドラマ、為義を小日向さんが演じていらっしゃいましたが、何をやってもダメダメなのに、なんか憎めない愛すべきキャラ造型で、今でも印象深いです。
@みそ1192
@みそ1192 Месяц назад
初コメです。分かりにくいこの時代を分かりやすく解説していただきありがとうございます。 藤原信頼は、今年の大河「光る君へ」に登場する藤原伊周の弟の藤原隆家の子孫ですね。(花山院に矢を射かけた人物ですね) この系統が後々平家、源氏両方に絡むのは面白いです。
@yukkuribanbii
@yukkuribanbii Месяц назад
初コメントありがとうございます! 私も、「光る君へ」の登場人物の子孫がひょっこり出てきたり、ドラマ視聴中、「今源氏の皆さんはこれこれしてるんだろうなあ」とか思うと、ふふっとしてしまいます(笑)
@第二足利幕府
@第二足利幕府 5 месяцев назад
〜は「源氏」なのだ。あ、はい はウケました。鬼武者と駒王丸はいろいろ絡んでくるので、次回以降も楽しみしています。
@yukkuribanbii
@yukkuribanbii 5 месяцев назад
コメントありがとうございます! 「〇〇は源氏なのだ」は、もうそうとしか言いようがないんですよね(苦笑) 鬼武者と駒王丸のあれこれも、今後触れていく予定なので、お付き合いいただけますと幸いです!
@数珠-h5f
@数珠-h5f 2 месяца назад
ツッコミ用画像がだいたいやる夫鎌倉で見た面子だから「あ、○○殿。お久しぶりです」ってなる
@yukkuribanbii
@yukkuribanbii 2 месяца назад
コメントありがとうございます! ツッコミ用画像は内容と、動画作成中のノリだけで選んでいるので、全然意識していなかったんですが、言われてみれば、被っているキャラが多いですね(苦笑)
@ANDOHSOHON
@ANDOHSOHON 5 месяцев назад
この二人が足利と新田の祖になるのね。で、建武の新政の崩壊で、結局血みどろの、河内「源氏」なのだ。一緒にして欲しくないと村上源氏とか思ってるよ、きっと。
@yukkuribanbii
@yukkuribanbii 5 месяцев назад
コメントありがとうございます! 義重と義康、この時は普通に仲良さげな兄弟なんですけどね。鎌倉を落としちゃったもんだから注目されて、結局。。。 一緒にしてほしくない。絶対、北畠さんが言ってそうな台詞です(笑)
@harigane4773
@harigane4773 4 месяца назад
悪源太義平、けっこう好きなんだけどエピソード少ないのが残念😢 義朝が成功したif世界線だとやっぱり頼朝とバチバチしたんだろうなあ…😅
@yukkuribanbii
@yukkuribanbii 4 месяца назад
コメントありがとうございます! 悪源太、「平治物語」だと結構書かれていたりもしますけど、大部分は創作だろうなと思うと、やはり史料が少ないですよね。掘れば結構面白いエピが多そうな人なんですけどね。 義朝が成功した世界……まず、どう成功したかで変わるような気もします。どうにも、平治の乱で成功する未来が見えなくて(苦笑)
@harigane4773
@harigane4773 4 месяца назад
幼名鬼武者w 後年徹底した源氏ムーブするけど末弟みたいな武者ぶりはあんまり…😅 義平は源氏だけど配下は源氏じゃなかったことが後々の禍根に…😱
@yukkuribanbii
@yukkuribanbii 4 месяца назад
コメントありがとうございます! 「鬼武者」はやはり、頼朝のイメージに合わないですよね(苦笑)頼朝個人は弓に秀でていたようですが、戦の指揮となると…… 義平だけは、せめて坂東に留まっていたほうがよかったのか。でも、後々頼朝と喧嘩にならないか?とも思う今日この頃…
@沢三伯-f2m
@沢三伯-f2m 3 месяца назад
源義平の生母は、尊卑分脈にある遠江国橋本宿(1498年の大地震と1510年の高潮で宿場町としての機能を失った、軍事的にも重視されていた幻の中世の宿場町、コトバンク参照)の遊女と思います。義平が〇ぬまで無位無官であったこと(波多野氏の娘の子の朝長と比較しても、三浦介の娘の子で義朝の長子が無位無官はおかしい)、平治の乱で負けた後、坂東に雌伏せずにすぐ京都に戻ってきて清盛の命を狙ったこと(義朝死後、後ろ盾となってくれる一族も無く、坂東に義平の居場所は無かったのでは?妻の実家の新田氏は平家寄り)など、三浦介の娘の子とするには辻褄の合わない傍証は複数あります。ネット上にも、渡邉浩貴「源義朝権力の地域基盤と武士拠点」(国立歴史民俗博物館研究報告 第245集2024年2月)という論文があがっておりますが、義平の母としては遠江国橋本宿の遊女説のみを紹介しております(もっとも論文の趣旨から言って当然ではありますが)。本当に義平が三浦介の娘の子なら、それこそ安房国に匿うとかできたと思います。実際、平治の乱への関与の度合いは不明ながら、熊野に地縁・血縁のある源行家は平治の乱から以仁王の令旨まで、潜伏することに成功しています。
@yukkuribanbii
@yukkuribanbii 3 месяца назад
コメントありがとうございます! 源義平の生母についてですが、本動画では、大蔵合戦時の結びつきの強さなどから「清和源氏系図」説のほうを採用しました。「尊卑分脈」ではおっしゃるとおり遠江国橋本宿の遊女ですね。お恥ずかしながら、このあたりはあまり深く突っ込んで調べなかったのですが、今は橋本宿の遊女説のほうが主流なのですね。勉強になります。
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